仙台三題噺「西公園」「牛タン」「マスク」

 

どうも!仙台つーしんのバラサです!

先週はお休みしてしまいましたが、今週は仙台三題噺をお送りしたいと思います!

面白いと思ってくれた方は、一番最後にこれまでのリンクを貼ったので見てみてください!

 

「西公園」「牛タン」「マスク」

僕は明日仙台を離れる。この3年間のことを、今の気持ちを、ちゃんと書いておきたいと思う。

今日は最後に仙台の街並みを歩いてみた。僕は大学の4年間を東京で過ごした訳だけど、またこうやって生まれた街を歩くというのはやっぱり不思議な気持ちがする。例えば、広瀬通を歩くとどうしても里美のことを思い出してしまう。里美と初めて二人で遊びに行ったのが広瀬通のカラオケだったからだ。この3年間のことを振り返ろうと思うと、やっぱり里美のことを思い出さない訳にはいかない。

2の秋、部活終わりに里美が「風が強く吹いている」という駅伝の小説が凄く面白いという話をしていた。話の流れで僕は里美から「風が強く吹いている」を借りることになった。僕は土曜日の練習後にその本を借りた。そして土曜の午後と日曜をめいっぱい使ってその本を読んだ。確かに、とても面白い話だった。月曜日、授業が終わり部室に向かう途中、後ろからトコトコと音が聞こえた。誰かが小走りで近づいてるんだと思った。それは里美で、里美は僕を追い抜くと振り返って僕を見た。そして、目をキラキラと輝かせながら「どうだった?」と聞いた。その笑顔を見た瞬間、僕は恋に落ちたのだ。

気が付くと里美のことを考えている自分がいた。毎日のように夢に出た。里美と少しでも喋れると、自分でもびっくりするくらい元気になった。反対に、少しでも素っ気ない素振りをされると、どうしようもなく不安になった。そんな風に誰かを好きになるのは初めてのことだった。確信をもって誰かを好きだと思えるのも初めてだった。これはもうどうしようもないんだと思った。僕は、行くしかないのだと思った。

とにかく里美との接点が欲しかった。「風が強く吹いている」の感想も一通り話してしまい、もっと何か盛り上がれる話題を見つけようとした。そしたらお互いにミスチルが好きなことが分かった。お互いに好きな曲もかなり似ていた。「今度ミスチル縛りのカラオケ行こうよ」と勇気を出して誘ってみた。里美は「めっちゃ楽しそう!」と応えてくれた。

「どんなに君を思っているか 分かってくれていない」

カラオケでは里美が先に曲を入れて、そう歌い出した。僕はその時のことを今もよく覚えている。僕はその言葉を聞いて、心臓が飛び出るんじゃないかと思った。そしてその歌詞に込められた意味を必死に読み取ろうとした。これは僕にもチャンスがあるんじゃないか。そう思った僕は気持ちを抑えられなくなってしまった。僕はカラオケを出たあと勢いのまま里美に告白した。里美はその場でOKをくれた。そこはフォーラス前、時計のある場所だった。だから僕はその時計を見るたびに里美のことを思い出してしまう。

里美と僕は、結構お似合いだったんだと思う。考え方も、好きなものもよく似ていた。ケンカなんてしたこともなかった。僕は毎日が幸せだった。そんな毎日がずっと続いていく、はずだったのに。

35月、僕はひどい肉離れをおこした。最後の高総体で選手になることができなかった。高校生活のほとんど全てを部活に捧げていた僕にとってそれは大きな挫折だった。僕は深く落ち込んだ。本当に、深く深く落ち込んだ。僕はほとんど誰とも喋らなくなったし、授業も全く頭に入らなくなった。里美は毎日僕を励ましてくれたけれど、僕はそれを鬱陶しく感じてしまった。里美に僕の気持なんか分かるはずがないと思った。そして僕は里美に何度もひどい言葉を返した。里美は何度も僕の前で涙を流した。そんなことを何度か繰り返したのち、僕は里美に振られてしまった。別れを告げるメールに書かれていた「私は一生懸命、祥吾の気持ちを理解しようとしました。でも、祥吾は『僕の気持ちなんて分からないよ』と言うばかりで、私の気持ちを少しも考えてくれません」という言葉が、僕の心をえぐった。別れを告げられて初めて、自分がひどいことをしてしまったんだと気付いた。それは夏休みに入ってすぐのことだった。夏休みのあいだ中、僕は陰鬱な気分で過ごした。そしてただひたすらに自分を責め続けた。ケガをしてしまったこと、里美に冷たく当たってしまったこと。自分はいったいどうすれば良かったのか。何が正解だったのか。考えても考えても、自分がどうしたら良いのかがまるで分からなかった。どこか遠くへ逃げたいと思った。そして僕は逃げるように東京の大学へと進んだ。結局高校を卒業するまで、僕は里美と話をすることができなかった。

東京で住み始めてしばらくが経つと、里美にちゃんと謝りたいという気持ちが湧いてきた。ある日、僕は勇気を出して里美に電話をかけた。でも、その番号はもう使われていなかった。もう取り返しがつかないんだ。そう思った僕はまた深く落ち込んだ。これでもかというくらい落ち込み続けた結果、僕は思った。これからの人生で二度と同じようなことを繰り返さないように、僕は良い奴になるしかないのだ。僕はまた誰かを傷つけてしまわないよう、優しく、強い人間になるしかないのだ。

それから僕は、ひたすらに小説を読んだ。良い奴っていうのがどういうことなのかを知るには、きっと小説を読むのが良いだろうと思っていた。夏目漱石や武者小路実篤、有島武郎、志賀直哉、あるいはトルストイ、ドストエフスキー、ヘルマン・ヘッセなんかの本を読むと、僕の心が強化されるのを感じた。僕はその頃、小説の中に出てくる登場人物を通して多くのことを学んだ。

それから、親の反対を押し切って東京の私大に入ったものだから、限られた仕送りの中で暮らしていくには生活費を稼ぐ必要があった。僕は学生生活のほとんどを、バイトと読書に費やすようになった。華やかな学生生活とは遠い世界にいた。だから僕の関わる人は限られていたけれど、僕は自分の目の前にいる人全てにとって良い奴であろうと努めた。

バイトと読書に明け暮れた日々が過ぎ、僕はいくつかの単位を落としつつもなんとか2年生に上がった。そして麗香と出会った。麗香は僕の1歳下で、バイト先の後輩として入ってきた。麗香は山形出身で、僕と同じように大学に進学するために上京してきた。同じ東北出身同士、始めからなんとなく安心感はあったと思う。麗香はもちろん初めての一人暮らしで、僕は一人暮らしをする上での実際的なアドバイスなんかも色々とした。僕はその頃、まさに良い奴になろうと必死になっていた頃だったから、仕事の内容についてはもちろん、それ以外でも麗香に何か困ったことがあれば何でも力になろうとした。僕は麗香を妹のように可愛がった。

その年の夏、僕は麗香に告白された。優しいところが好きだと言われた。好きだと言われ、自分もいつの間にか麗香のことを好きになっていたことに気付いた。僕は里美とのことを思い出し、またこの子を傷つけてはしまわないだろうかと悩んだ。けれども今度こそはうまくやりたいと思った。そして僕と麗香は付き合うことになった。

しばらくすると、麗香と一緒にいると自分の中に温かい気持ちが溢れてくることに気づいた。それは、里美と一緒にいた頃とはまた違った感情だった。麗香は、僕のことを何でも知りたがった。僕はよく麗香に自分の読んだ小説のことを話した。例えば「あしながおじさん」に出てくるジュディの純粋さの中に現れる聡明さについて、例えば「友情」に出てくる大宮の友情と恋心のはざまで見せる優しさについて、そういった話を麗香は一生懸命に聞いてくれた。僕が小説の話をすると、麗香はたいていその本を読みたがった。そして麗香は時間をかけてその本を読んだ。その本を読み終えると、その本のどこが良かったとか、この部分は良く分からなかったとか、そういったことをゆっくり丁寧に言葉を探しながら話した。僕はそんな麗香がたまらなく愛おしかった。何があっても麗香を守りたいと思った。

麗香はよく、僕の良いところを言葉にして教えてくれた。麗香のおかげで、僕は自分の中にある良い部分をたくさん知ることができた。例えば僕は、目の前に困っている人がいるととても自然に助けの手を差し伸べるらしい。道に迷っている人がいれば自分から声をかけるし、バイトの後輩が何かに困っていると聞かれなくとも自分から丁寧に教える。それは僕の甘い面でもあるけれど、でも麗香はそれを僕の良いところだと言ってくれた。麗香にそう言われると、自分がとても素晴らしい人間のように感じた。でも、僕は気づいていた。僕の中に優しい気持ちが少しでもあるとすれば、それは全部麗香のおかげだってことが。麗香と一緒にいたおかげで、僕は優しい気持ちになれたのだ。

その頃、僕はとにかく”良い奴”になりたかった。そのために必要なことは、ただ自分の目の前のことに全力を尽くすことだと思っていた。自分では一切何を選ぶことなく、ただ与えられた境遇の中で全力を尽くすこと。敬天愛人、則天去私、積小為大、僕は毎日そういったことを考えて過ごしていた。バイト先では誰も見ていないところで丁寧に掃除をした。バイト先の後輩には自分の知っていること全てを教えた。人間関係のごたごたには自ら首を突っ込んで解決を試みた。そうして僕は、ときに人から嫌われ、ときに人と心を通わせることができた。

結果的に、麗香のおかげもあって”良い奴”になるという僕の思いはある程度達成できたのだと思う。僕が大学を卒業するとき、例えばバイト先の人たちに、例えばゼミの同期達に、「お前は本当に良い奴だよな」という言葉を貰うことができた。たくさんの人が僕との別れを惜しんでくれた。人からそんな言葉を貰う度に、「僕のやってきたことは間違ってなかったんだ」と思った。

4年生になる頃には麗香とほとんど同棲しているみたいになっていたから、僕はそのまま東京に住みたいと思った。うまく東京の会社に就職できたのだけれど、入社直前に決まった配属先は仙台だった。もちろん、麗香と離れ離れになるのはショックだった。でも、今の自分ならきっとうまくやれると思った。自分を信じようと思った。

僕は4年間、一度も仙台に帰ることはなかった。それは、仙台に来れば里美のことを、ダメな自分を思い出してしまいそうで怖かったからだ。だから、いざ4年ぶりに仙台にやってくると、とても不思議な気持ちになった。それは例えばフォーラス前の時計を見たときにやってくる。この場所で僕が里美に告白したことは確かな事実だけれど、それはもう過ぎ去ってしまったことで二度と戻ってくることはない。その事実が、僕には不思議で仕方なかった。たまたま高校の前を通ったときには、あの頃の自分の苦しみが上手く思い出せなくなっていることに気付く。あの頃の強い感情は僕の人生を大きく動かしたはずなのに、その感情はどこかへ消えてしまっている。あの頃の出来事は、今ではもうまるで何もなかったかのように毎日が過ぎている。だとしたら、僕が今ここにいることにいったいどんな意味があるのだろうか? 

両親には実家に帰ってくれば良いと言われたけれど、僕は宮町で一人暮らしを始めた。今更両親と暮らしてうまくやれるとは思わなかったし、一人暮らしの方が麗香が来た時に都合が良い。麗香は、山形に帰省するときは仙台に寄ると言ってくれたし、僕も月に2回くらい夜行バスに乗って麗香に会いに行った。そんな風にして僕の仙台の生活は始まった。

そして間もなく、僕はまたダメになった。

 

(来週に続く)

「西公園」「牛タン」「マスク」②


 

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