仙台三題噺「西公園」「牛タン」「マスク」②

 

どうも!仙台つーしんのバラサです!

今日は先週書いた仙台三題噺の続きをお送りします。

ホントは三題噺ってこんな長いもんじゃないと思うんだけど、まあいいやってことにします。

それでは今週のお話をどうぞ!

ちなみにここをクリックして先週の話から続けて読んでもらえると嬉しいです!

 

「西公園」「牛タン」「マスク」②

僕は商社の営業として社会人生活をスタートした訳だけど、僕は絶望的なまでに営業に向いていなかった。新人研修が終わり、先輩に連れられて営業先を回った後、いざ一人で営業に向かうと、僕は何故かほとんど何も話すことができなかった。実績はほとんどゼロだった。学生時代、バイト先の店長に「お前はほんと出来る奴だよな」と言われていたのが、いったいどういうことなのか、僕にはほとんど何もすることができなかった。これはいったい、どういうことなんだ?

僕はビジネス書をたくさん読んだ。すがるように自己啓発書もたくさん読んだ。業界の歴史や、経営者のエッセイも、仕事に少しでも役立ちそうな本なら何でも読んだ。社会人1年目で、僕はそれらの本を100冊以上読んだ。それなのに、僕の実績はやはりほとんどゼロのままだった。僕はかつて後輩から「俺も先輩みたいになれるよう頑張ります」と言われたのを思い出しては、その頃の自分と今の不甲斐ない自分を比べ、心を痛めた。学生時代の僕はただ自分が良く見えるように人を騙していただけなのではないか。僕はそう思うようになったし、そう思うとたまらなく悲しくなった。ただ、毎日が辛かった。

それでも僕は、誠実に仕事と向き合おうとした。営業先の資料をこれでもかというくらい読み込んだし、何を聞かれても答えられるよう自社の資料も読み込んだ。僕なりに営業先の役に立つためにはどうすれば良いだろうと一生懸命に考えた。でも、そうやって考えれば考える程、僕はうまく喋れなくなっていった。それでも何とか一生懸命に話すのだけれど、相手が少しでも想定外のことを言うと、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。冷静になれば大したことはないはずなのに、僕は冷静になることができなかった。

僕が仕事を辛いと思っていることは、麗香には伝わっていたようだ。麗香は僕に会う度に、僕のことを心配してくれた。力になろうとしてくれた。僕が東京に行く元気がないと言うと、麗香は仙台までやってきてくれて美味しい料理をたくさんつくってくれた。麗香は、僕に仕事のことをほとんど何も聞かなかった。以前なら僕のことを何でも知りたがったのに、ある頃から仕事のことは一切聞かなくなった。麗香は、ただ僕を受け入れてくれた。麗香の隣にいると、僕は自分が正しい場所にいるんだと感じた。

麗香は本当に僕に優しくしてくれた。それなのに、僕はほとんど自分のことしか考えていなかった。本当は、麗香だって就職先がなかなか決まらずに大変だったはずなのに。本当は、麗香だって僕に相談したいことがあったはずなのに。

やがて、僕が東京に行くのは月に2回から月に1回になり、2月に1回になった。就職してすぐの頃は毎日のように麗香に電話をかけていたけど、次第に自分から電話をかけることは少なくなっていった。それでも麗香は毎日電話をくれた。麗香は僕を元気付けようと、楽しい話をたくさんしてくれた。今日は誰と一緒にランチに行ったとか、就活仲間と朝までカラオケで歌ったとか、麗香は学生生活を楽しんでいるような話をした。僕はそれを、いつしかうっとおしいと感じるようになった。それだけでなく、学生は気楽で良いよなと、腹を立てるようになった。僕のそういう感情も、麗香には伝わっていたのだと思う。

そんな毎日が過ぎ、年が明けた頃、麗香は僕に内定の報告と同時に別れを告げた。麗香は、就職が決まって安心したのと同時に、僕のことが心の重荷になっていることに気づいたらしい。麗香は電話の向こうで、僕のことを重荷に感じる自分が嫌だけど、でもどうしたら良いか分からなくなってしまったと告げた。僕のことは好きだけど、もう僕と一緒にやっていく自信がないのだとも。麗香は何度も「ごめんね」と言った。力になれなくてごめんね。こんな彼女でごめんね。ほんとうにごめんね。僕はその言葉を聞いて、茫然とした。何も言うことができなくなってしまった。謝るべきは僕の方だった。だから何か言うべきことがあるはずだと必死に言葉を探したけれど、どうしても言葉が出てこなかった。電話の向こうで麗香は泣いていた。僕は何も言うことができなかった。麗香はただ泣き続けていた。やがて麗香は、最後に涙でかすれた声で「ごめんね」と言った。

それは火曜日の夜だった。僕はその日一睡もすることができなかった。茫然としながら涙を流した。涙はとめどなく流れた。麗香に言わなければならないことはたくさんある気がしたけれど、僕には何を言う資格もないのだと思った。僕が何か言ったところで、余計に麗香を傷つけてしまうだけだと思った。僕は言葉にできない悔しさを感じた。

その次の日、僕は風邪をひいたと言って仕事を休んだ。その次の日も休んだ。そしてその次の日も。その間僕はほとんど何も食べなかった。何か口にしても全部吐いてしまった。体を動かすことすら億劫だった。そして僕は朦朧とした意識の中で、本棚に並べられたたくさんの本を眺めた。

里美を傷つけてしまったあのとき、僕はもう二度と誰かを傷つけたくはないと思った。そのためには優しく、強い人間になるしかないのだと思った。優しく、強い人間になるためには、たくさんの本を読むしかないのだと思ってきた。学生時代、僕はたくさんの本を読んで多少なりとも”良い奴”になったつもりだった。社会人になってからも、僕は目の前の人にとって役に立つ人間になろうとたくさんの本を読んだ。でも、今の僕は仕事もできなければ、恋人の気持ちを考えることすらできない。結局、僕はまた人を傷つけてしまった。結局僕は、里美を傷つけてしまった自分から変わることができなかったのだ。これだけの本を読んでも、僕はダメなままだったんだ。

そう思うと僕はたまらなく哀しくなった。そしてこんなに哀しいのは自分のせいだと思うと、また哀しくなった。そして僕はこう思った。

僕は、僕なりに誠実であろうとした。確かに仕事はできないけれど、これでも精一杯やってきた。確かに麗香のことを蔑ろにしてしまったけれど、でも僕はもう自分のことで精いっぱいだったんだ。僕の何が間違っていたんだろう? 僕が何か悪いことをしたんだろうか? 僕は自分がダメだからこそ、たくさんの本を読んで一生懸命に考えようとしたんじゃないか。自分の能力がないために他人を思いやる余裕を失うのは、悪いことなんだろうか? これは全部僕のせいなのか?

僕はもう、何もかも投げ出したかった。もう立ち直ることなんてできないと思った。僕は一生懸命に生きてきたに、全ては無駄なことだったんだろうか。そんなことって、ひどすぎやしないだろうか。僕はそんなことを考えながら、本棚をぼーっと眺めた。すると、「ノルウェイの森」の表紙が目に入った。

「自分に同情するな」

僕は「ノルウェイの森」に出てくるその言葉を思い出した。

「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」

その言葉を思い出し、僕はこのままではいけないのだと思った。このままぼーっとしていても、何も変わりやしない。このままでは、また誰かを傷つけてしまう。もう、僕は誰のことも傷つけたくはないんだ。

僕は「ノルウェイの森」のワタナベ君同様、風呂に入って髭を剃り、部屋の掃除をし、買い物をしてきちんとした食事をつくって食べた。食事を食べ終わると僕は、「自分に同情するのは下劣な人間のすることだ」と自分に言い聞かせた。このままではいけない、何とかしなければ。

心を入れ替えよう。 敬天愛人、則天去私、積小為大、またそういったことを考えて毎日を過ごそう。里美を傷つけてしまい、これからの人生で二度と同じ過ちを繰り返さないよう優しく強い人間になろうと決意したように、僕はまた強く優しい人間になれるよう毎日を過ごすしかないのだ。麗香のことを想うと自分が嫌になるけれど、でも自分を責めるだけでは、きっとまた誰かを傷つけてしまう。そんなのは嫌だ。そんなのことには全く何の意味もない。

次の日の土曜、僕は本棚にあった本を全て処分した。僕はきっと色んなものに捉われ過ぎているんだと思った。きっと、物事を深刻に考えすぎているのがいけない。また全てを忘れて、一からやり直した方が良いんだ。もちろん、麗香のことは忘れない。僕は今すぐにでも麗香に会いたいと思ったし、麗香に会ってひたすらに謝りたかった。でも、今の僕にはそんなことをする資格なんてないと思った。今の僕には、今の僕にできることをするしかないのだ。

僕は毎朝誰よりも早く出社して丁寧に机を拭いた。新聞を隅から隅まで読んだ。部の代表メールをチェックして、メールの内容を整理して各担当へ伝えた。書類が散らかっていれば率先してファイリングした。誰よりも早く電話を取った。部内会議で資料をつくることになれば、自分がやりたいと言った。書類のホチキス止めを任せられれば、ホチキスの針の位置と角度が全て揃うくらいの丁寧さを心掛けた。僕は営業ができないけど、そういった事務作業がとても上手かった。そんなことを何か月か続けていると、経理の山崎さんに「前の子は何もやらなくて今どきの子は使えないと思ってたけど、佐藤君がいるとほんと仕事がはかどるよ」と言われ、次第に可愛がられるようになった。相変わらず営業の成績は絶望的だったけれど、僕は自分にもできることがあるんだと思い始めていた。

大場さんが転勤していたのはそんな頃だった。

 

(更につづく)

 


 

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「一番町」「羽生結弦」「ミネラルウォーター」

「定禅寺通」「伊達政宗」「腕時計」

「仙台駅東口」「こけし」「メガネ」

EKITUZI」「マーボー焼きそば」「スニーカー」

「七北田公園」「牛タンジャーキー」「クジラ」

「錦町公園」「笹かまぼこ」「化粧水」

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