仙台三題噺「西公園」「牛タン」「マスク」③

どうも!仙台つーしんのバラサです!

2週に続けて「西公園」「牛タン」「マスク」を載せてきましたが、今回はその3話目です。

これまでの話はこちらから。

「西公園」「牛タン」「マスク」

「西公園」「牛タン」「マスク」②

 

「西公園」「牛タン」「マスク」③

大場さんは、めちゃくちゃな人だ。大場さんは自分の行きたい取引先にしか行かないし、大場さんが事務所にいることはほとんどなかった。熱心に取引先に通うこともあれば、取引先に行くと言って仕事をさぼっていることもあった。課長の言うことをほとんど聞かなかったし、営業先で他社の商品を勧めることすらあった。でも、誰も大場さんに文句を言うことはできなかった。なぜなら大場さんは、決して比喩表現なんかではなく、人の10倍の実績をあげていたからだ。僕は物事の意味をひとつひとつしっかりと考えてからでないと何もできない人間だけど、大場さんは自分の直観に従ってどんどん前に進んでいく。僕は2年間、間近で大場さんのことを見ていたけれど、大場さんは本当にすごい。大場さんは僕よりも8歳年上だけど、あと8年たったって大場さんのようにはなれない。というか、僕は死ぬまで大場さんのようにはなれないと思う。

あるとき、僕が部内会議の準備をしていると大場さんに声をかけられた。

「この資料、お前がつくったの?」

僕がそうですと答えると、大場さんは「あとで俺の資料つくってくれよ。飯おごるからさ」と言った。僕はその日、大場さんから言われるままにデータをまとめて資料をつくった。次の日、僕は大場さんが事務所からいなくなる前にその資料を渡した。大場さんはその資料を手に取ると、ものすごい速さでそれを読み、何かを書き込んでいった。そして、「資料の出来は50点だけど、仕事の速さは文句なしだ」と言った。

「明日取引先にこの資料持っていくから、俺が書き込んだところ今日中に直しといて」

そう言って返された資料にはびっしり文字が書きこまれていた。僕はその日一日かけてその資料を直した。大場さんの書き込みはとても分かりやすく、その指示通りに資料を直すと見違える出来になった。夕方、事務所に戻った大場さんにその資料を渡すと「お前ほんとに1日で直したのかよ、すげえな」と言った。

「よし、明日お前もついて来い」

そしてその翌日、僕は大場さんについて行った。僕は、大場さんが取引先で話すのをそのとき初めて聞いた。凄かった。大場さんはとめどなく話し続けた。かといってそれは一方的なものではなかった。大場さんはどんどん相手の言葉を引き出し、あっという間に商談をまとめた。帰り道、車の中で僕は凄いものを見たと伝えた。

「でも、私がつくった資料に意味はあったんでしょうか?」

「馬鹿だな、お前。いくらあの場で話をまとめたって、あの人が社内で話を通すためにはちゃんとした資料が必要なんだよ。お前、電話で質問来たらちゃんと答えろよ」

「私がですか!? 私なんかで大丈夫でしょうか?」

「お前な、正直言ってあんだけの資料2日で作れる奴なんて他にいないよ。あの資料つくれるんだったら大抵の質問は簡単に答えられる。答えられなかったときだけ俺に聞けばいい」

そうは言われたけど、僕はなんだか大場さんにうまく乗せられてるだけな気がした。

「そういえば、今日の夜空いてるか? 飲みに行くぞ」

それは確か4月の終わり、ゴールデンウィーク前の木曜だった(僕はそういう細かいことを割とよく覚えている)。大場さんはせっかく仙台に来たんだから、牛タンの食べられる店が良いと言った。僕は数少ない自分のレパートリーの中から、牛タンの食べられる居酒屋を紹介した。大場さんはビール片手に牛タンを食べ、自分のことを色々と話した。仙台には単身赴任でやって来て、東京に奥さんと5歳と2歳になる娘がいるということ、営業の仕事が好きだということ。

それから、大場さんは営業の楽しさについて語った。営業は単にモノを売るんじゃない、人と人を繋ぐのが本当の仕事なんだ。だから、自分たちの商品じゃなくても、必要だと思えば他社の担当を紹介する。でもそうやって相手に必要な人は誰かを考えて人と人を繋げていけば、自然と実績はついて来るんだ。

「そういえば、今日お前を連れてくって課長に言ったら『あいつで良かったらいくらでも使ってくれ』って言われたんだけどさ、たぶんあいつお前のこと使えない奴って思ってるよ」

大場さんは課長のことを躊躇なく「あいつ」と言った。僕はそのことにまず驚いた。けれどもそのことには触れずに、自分の実績はほとんどゼロみたいなものだからそう思われても仕方ないと言った。

「でもさ、この前お前が用意した資料みて、ホチキスの位置も角度もぴったり同じなのみて、俺は、こいつはなんかあるって思った訳よ。あのホチキス、手でやった奴だろ?」

「そうですけど、それは以前ビジネス書で読んだことがあったんです。仕事ができる人ほどそういうところを丁寧にするって。まあ、私は仕事ができる訳じゃないんですけど。実績だってほとんどゼロみたいなもんですし」

「やっぱりな。課長はそういうの全然みてないんだよ。ちゃんと部下のことを見てないくせに、使えない奴扱いするんだよ。お前、自分が仕事できないって思ってるみたいだけど、だとしたらそれは全部上司の責任だよ。あいつがお前をちゃんと使えていれば、そんな風に思うはずがないんだ」

そんなことを言われ、僕はとっさに何も返すことができなかった。僕は気恥ずかしさをビールを飲んでごまかした。

「まあ、確かにうちみたいな会社の営業には向いてなさそうだな。でも、俺とお前はけっこううまくやっていけるんじゃないかって、今日思った訳よ。だからこうやって俺は自分のことを色々と喋った訳だ。そうだな、お前は何か好きなこととかさ、何かないの?」

「私は、とにかく本を読むのが好きですね」

「本ねえ。さっき言ったみたいにビジネス書読むの? それとも小説とか?」

「社会人になってからはあんまり読んでませんけど、ほんとは小説を読むのが好きです。夏目漱石とか、武者小路実篤なんかが好きなんですけど」

「はあ、ずいぶん渋いのが好きなんだな、お前。じゃああれか? 例えばサリンジャーなんかも読んだりするの?」

「サリンジャーは・・・ そうですね、やっぱりライ麦畑は好きですね」

「そうか、そうか、ライ麦畑が好きか。俺はお前の年代でライ麦畑を読んだ奴を初めて見たよ。そうか、お前は夏目漱石も読むのか。俺は夏目漱石だとやっぱり『こころ』が好きだね。お前は?」

「私は『行人』が好きです」

「『行人』か、後期三部作ね。うん、お前良い趣味してるよ。やっぱり俺はお前と上手くやれそうだ。これからよろしく頼むよ」

大場さんはそう言って右手を差し出した。僕も右手を差し出し、僕らは握手をした。今思えば、それは僕が人生のどん底から抜け出す合図だったのかもしれない。

それから、僕はほとんど大場さん専属の部下みたいになった。課長はそんな僕をあまり良く思っていないようだった。でもかといって僕一人で営業に行ったところで成績を上げられる訳でもないから、大場さんが実績を出し続ける限り、そしてその大場さんが僕を必要だと言い続ける限り、僕は大場さんに言われるがまま動いた。

僕は大場さんの言う通りに資料をつくり、大場さんが行く先ほとんど全てについて行った。営業先で大場さんに振られて資料の説明をすると、自分でも驚くくらい流暢に話すことができた。一人だと思うように話すことができなかったのに、それは本当に不思議だった。多分、大場さんに指示通りに資料をつくるだけで、余計なことを除いた必要なことだけが自然と頭に入っていたのだと思う。時に、大場さんは商談の場で僕に意見を求めることもあった。きっと、大場さんは僕が何て答えるか分かっていたのだ。大場さんは僕の発言を膨らませて更に話を前に進めた。大場さんが僕の発言を予想できるようになるくらい、僕は大場さんに色んな話をするようになっていた。

大場さんはほとんどの週末東京の実家に帰ったけど、月に1度は仙台に留まった。仙台に残る週の金曜、大場さんはほとんど必ず僕を飲みに誘った。1軒目はいつも、必ず牛タンの食べられる居酒屋だった。大場さんはよく、「仙台にいるあいだに俺は一生分の牛タンを食べるんだ」と言った。その1軒目を探すのはいつも僕の役目だった。だから、僕程国分町の牛タンの食べられる居酒屋に詳しい人間は多分他にいないと思う。

僕は大場さんと夜の国分町を回るのが好きだった。僕はどちらかというと飲み会が苦手で、できれば早く帰って眠りたいと思う方だけど、大場さんと飲んでいるとただ楽しかった。大場さんと飲みに行くと、必ず12時を回るまでは飲み続けた。1軒目で牛タンを食べると、その次はときにうるさい居酒屋に行き、ときに寿司やそばを食べに行き、あるいはジャズバーに行った。ときにはビリヤードやボーリングに行ったし、居酒屋で隣に座っていたグループとカラオケに行ったこともある。僕は大場さんから夜の街の遊び方を色々と教わった。でも、大場さんはキャバクラやスナックには絶対に行かなかった。大場さんは奥さんと娘さんのことを愛していた。だからそんなところに行く必要はないんだと言った。

「でもじゃあ、なんで月に1回仙台に残るんですか? 大場さんの給料だったら、別に毎週帰ったって大丈夫でしょう?」

「まあ、俺もできることならそうしたいけどな。でも、ほんとうに毎週帰っちまったら、俺はカナの週末を全部奪うことになる。それは多分、良くないことなんだよ。いくら夫婦って言ってもさ」

僕は、そんなもんだろうかと思った。それから、大場さんの奥さんが「カナ」さんというのを始めて知った。

「でもさ、毎週のように家族に会ってると、家族に会えない週末がひどくみじめに感じてね。だから俺はこうやってお前を誘ってんだよ。まあ、こいつと一緒に飲むのも悪くないかなって思ってさ」

そういうことが理由かは分からないけれど、大場さんは僕に一切のお金を出させなかった。僕がいくら「少しくらい払わせてください」と言っても、大場さんは「俺はお前のおかげでボーナスたんまり貰えたんだよ」としか言わなかった。

大場さんと一緒に飲んでいるとき、大場さんは僕に話をさせたがった。でも僕が仕事のことを話そうとすると、「そんな話は昼間すれば良い」と言った。その頃の僕は大場さんについて行くので精一杯で、毎日ほとんど仕事のことしか考えてなかった。だから、仕事以外に話すことなんてほとんどもなかった。仕方なく僕は学生時代に読んだ小説の話をした。大場さんに話をしていると、僕は自分の中から上手く言葉を引き出すことができた。大場さんは、僕が話した小説をほとんど全て読んでいた。訊いてみると、大場さんは驚くほどたくさんの本を読んでいた。大場さんがたくさんの本を読んだ理由を僕が知ったのは、もう少し先のことだったけれど。

次第に僕は取引先との接待にも連れていかれるようになった。大場さんはよく、僕のことを「こいつは喋るのは下手ですが、知識は自分よりもあります。だから、分からないことがあったら何でもこいつに聞いてください」という風に紹介した。そして「こいつはたくさん本を読むんです」とも。大場さんが僕をそういう場に連れて行くとき、相手は大抵読書家だった。多分、大場さんは相手を選んで僕を連れて行ったのだと思う。僕は大場さんに促されるままに自分が読んだ本の話をした。すると相手はその話を興味深そうに聞いてくれた。そうして僕はいくつかの取引先から懇意にしてもらえるようになった。

大場さんと飲み歩くのはとても楽しかったけど、深夜アパートに戻ると、僕は麗香のことを思い出した。麗香は今、元気にしているだろうか。僕は麗香のことを傷つけたのに、こんな風に楽しんでいて良いのだろうか。そんなことを考えたって仕方ないことは分かっていたけど、考えずにはいられなかった。だって、僕は麗香のことを愛しているのだ。できることなら、今すぐにでも麗香に会いたい。ほんの少しでもいいから、麗香の声が聞きたい。

大場さんと一緒に飲むと、何故か麗香に会いたい気持ちが強くなった。大場さんと一緒にいると自分ができる人間のようも感じたけど、麗香のことを思い出すと自分はダメな奴なんだと思った。例え今の僕が変われていたとしても、僕が麗香を傷つけた事実は変わらない。それはもう二度と変えることができない。深夜、アパートで一人そんなことを想うと、僕は無性に虚しくなった。

そんな風にして季節が過ぎていった。そしてまた春がやってきた。

 

(まだまだ続く)

「西公園」「牛タン」「マスク」④


 

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