仙台三題噺「西公園」「牛タン」「マスク」⑤

どうも!仙台つーしんのバラサです!

今週も仙台三題噺をお送りします。

この話ももう5話目になりました!

これまでの話はこちらからどうぞ。

「西公園」「牛タン」「マスク」

「西公園」「牛タン」「マスク」②

「西公園」「牛タン」「マスク」③

「西公園」「牛タン」「マスク」④

 

 

「西公園」「牛タン」「マスク」⑤

 

カナさんも「HOLLY'S CAT」のお客さんの一人だった。カナさんは「ティファニーで朝食を」の映画が好きで、お店の名前に惹かれて「HOLLY'S CAT」に通うようになった。「HOLLY'S CAT」のマスターに進められてカポーティの書いた原作を読んでみると、映画とは違った雰囲気だけどとても面白いと思い、カナさんも多くはないものの小説を読むようになったのだという。そして、それが原因で恋人と別れることになった。

カナさんが本を読むようになると、どうしてか恋人と意見のすれ違いみたいなのを感じることが多くなった。初めのうち、それは些細なことだった。けれどいつしかカナさんと恋人との隔たりはどうしようもなく深いものになってしまった。そしてカナさんは別れを決意した。カナさんは恋人に別れを告げたその日、大場さんはその話をカウンター越しに聞いた。そして大場さんはカナさんの涙を見た。

大場さんは「きっと今彼女に必要なのは新しい恋なのだ」と思った。そうしていつものように、彼女に相応しい誰かを紹介したいと思った。その頃にはもうカナさんは「HOLLY'S CAT」の常連になっていて、大場さんもカナさんが素敵な女性だということが分かっていた。だからこんな素敵な女性が悲しみにくれるべきではないと思った。大場さんは彼女に相応しい相手は誰だろうかと考えた。そして、それは自分なのではないだろうかとふと思った。

大場さんは、いや違う、これは自分が彼女に惹かれているからそう感じてしまうんだけだと自分の考えを否定した。そう思ったとき初めて、大場さんはカナさんに惹かれていることに気付いた。そして考えれば考える程、カナさんに相応しい相手は自分ではないかと思った。だから大場さんはそのことを素直に伝えた。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど、今あなたに必要なことは新しい恋をすることで、その相手にはきっと自分が相応しいと思うんだけどどうだろうか、もし良かったら今度一緒に食事に行ってくれないだろうかと。カナさんは驚いて大場さんを見た。そして笑い、涙を拭いながら言った。

「私を慰めてくれてるんですね。ありがとう、嬉しいです。もし良かったらそのお誘い受けても良いですか?」

その半年後に大場さんとカナさんは結婚した。藤田さんに結婚の報告をすると、泣いて喜んでくれた。藤田さんには結婚式のスピーチもお願いして、その時も藤田さんは泣いたらしい。その翌年には娘さんが生まれた。そしてその間に、大場さんはうちの会社に就職した。うちの常務が「HOLLY'S CAT」の常連で、大場さんの営業としての才能を見抜き、うちで働かないかと誘ったらしい。常務からの誘いは魅力的に感じたけれど、大場さんは「HOLLY'S CAT」での仕事にやりがいを感じていた。恩も感じていた。大場さんは迷った。そして正直にマスターに相談した。マスターは「お前はこんなところで小さくとどまってる男じゃない」と言った。大場さんはその言葉を受けて、常務からの誘いを受け入れることにした。

大場さんはそのことも藤田さんに報告した。今愛する家族に囲まれているのも、こうしてまた社会に復帰できたのも、全ては藤田さんのおかげなのだ。この恩は、自分なりに精一杯社会に返していきたいと。すると、藤田さんはまた大粒の涙を流して泣いた。

「そういうのが俺の原点なんだ。俺は俺の才能を活かして、出会うべき人同士を繋ぐことを自分の使命みたいに感じている。それに、それは藤田さんへの恩返しでもあると思っている。俺が藤田さんに救われたみたいに、俺は俺のやり方で人の役に立ちたい。だから、正直言って会社の業績がどうとか、そういうのはどうでも良いんだ。俺はただ目の前の人の役に立ちたい。そう思ってる。

俺がいつもお前を引きずり回してるのだってそうだ。俺が初めてお前を見たとき、お前は死んだような眼をしていた。こんなことを言うのは気恥ずかしいけど、昔の自分みたいに見えた。聞いたら営業の成績はさっぱりって言うから、尚更昔の出来ない自分を重ねてしまった。でも、お前の仕事ぶりを見たらその思いは変わったんだ。お前はこんなところで小さくとどまって良いような人間じゃない。だから、俺は俺なりにお前にできることをしようと思った。かつて藤田さんが自分にしてくれたように、お前に色んな話をさせて、外に連れ出そうとした」

大場さんはそこまで話すとようやく息をついた。大場さんはそれまで2時間くらいほとんどぶっ通しで話し続けていた。大場さんの話は、どれも今の大場さんからは想像もできないようなことだった。僕は、大場さんが話す過去の大場さんと、今目の前にいる大場さんが同じ人物であることがうまく飲み込めなかった。僕が黙っていると大場さんは店員を呼び、日本酒を2合とお猪口を2つ頼んだ。その銘柄は僕の大好きな綿屋だった。その日本酒がやってくるまで、僕と大場さんは一言も喋らなかった。そうして日本酒が届くと、大場さんは僕にお猪口を持たせ、「まあ、飲んでくれよ」と綿屋を注いだ。そうしてまた話し始めた。

「俺がどんな人生を歩んできたか、お前には分からない。分かるはずがない。今の俺と、その頃の俺はまるで違うからだ。だから俺は、誰もが他人には分かりようのない過去があると思ってる。そういう過去はお前にもあるんだろうと思う。それは俺には分かりようがないからこそ、すれ違ってしまうこともある。言っちゃいけないことを言ったり、やっちゃいけないことをやったりしてしまう。言い訳みたいだけどさ、俺はこの前お前を傷つけてしまったんだろう? お前があんな態度を取るのを始めて見たよ。正直に言って、俺の何がどうお前を傷つけたのかは分からない。だからこそ、俺にはただ謝ることしかできないんだ。悪かった。本当に悪かった。本当に申し訳ない」

大場さんはそう言うと涙を流した。きっと、自分の過去の話をして感情が高ぶっていたのと、酔いが回ったのとで、自然と涙が出たのだと思う。そんな大場さんの姿をみて、僕の目からも涙が溢れた。良い歳した男が二人で泣いている様は、いささか異様だったかもしれないけれど。

しばらくただ二人で涙を流し、今度は僕が話を始めた。高2の秋、初めて本気で人を好きになったこと。でも、その里美を傷つけてしまったこと。もう誰も傷つけてしまわないよう、優しく、強い人間になろうと思ったこと。そのためにたくさんの本を読んだこと。そうして麗香と出会ったけれど、結局僕は麗香のことも傷つけてしまったこと。大場さんと一緒に仕事をするのも、飲みに行くのも楽しいけれど、一人になるとふと麗香のことを思い出してしまう。今は大場さんのおかげで色んなことができるような気になっているけれど、でも本当の自分は何も変わっていないのかもしれないと思ってしまう。自分はまた誰かを傷つけてしまうかもしれない。そう思うのが怖くて怖くて仕方ないのだ。

「この前は僕の方こそ申し訳ありませんでした。僕の方こそ、彼女を傷つけてはいないですか? 僕はもう、誰のことも傷つけたくないんです。それに、大場さんは何も悪くありません。悪いのは、麗香に振られてしまうような僕なんです」

僕がそう言うと、大場さんはただ「あの子のことなら心配いらない。なんとか上手くフォローできたからさ」とだけ言った。

僕も大場さんもそれ以上話すことができなくなった。大場さんは、日本酒をぐいと飲んだ。僕もそれに続いた。もうかれこれ4時間近く話を続けていた。

「よし、今日はカラオケの気分だな」

大場さんはそう言うと立ち上がった。

そうして僕は大場さんに連れられるままに広瀬通のカラオケに連れていかれた。お互いの間には何となく微妙な空気が流れ、カラオケに着くまでほとんど喋らなかった。大場さんが入ろうとした店は、かつて僕が里美と入った店だった。僕はそのことには触れず、大場さんに連れられるままに店の中に入った。そして店員に案内されて入った部屋も、あの時と同じ部屋だった。あれから7年半が経ち、まさかこんな形でまたこの場所に来るとは思ってもみなかった。あの頃の僕は、大人になっても平日の夜にカラオケに来ることがあるなんて想像もしなかったし、まして自分が里美のことを傷つけてしまうなんてことも想像していなかった。しかも里美のことを話をした直後にこの場所に来るなんて、こんなことってあり得るんだろうか?

「そんなとこに突っ立ってないでさっさと座れよ」

大場さんは僕にそう言ったけれど、僕のことなんて構わずに曲を入れた。それは「酒と泪と男と女」だった。

1曲目にしては渋すぎやしませんか?」

「うるせえなあ、黙って聞いてろよ」

大場さんはとても歌が上手い。大場さんが歌うのを聞いていると、その歌詞も相まって僕はなんだかしんみりしてしまった。大場さんは歌い終えると、「なんだよ。次の曲入れてねえのかよ」と言った。

「いや、改めて大場さんは歌が上手いなって思って、しんみりしちゃいましたよ」

「何言ってんだお前。まあ、あれだ。こんな機会だから言うけどさ、俺は結構めちゃくちゃな人間だけど、俺だって怖いんだよ。毎日色んな人に会って、言いたいこと言ってるけどさ、こんな偉そうにして自分は何様なんだ、ほんとはもっとダメな奴だろってさ、思っちまうんだよ、ホント。だからいっつもこうやって飲んで騒いでバランスとってんだよ、俺なりにさ。うじうじしたってしょうがないんだから、お前も騒いで元気出すしかねえんだよ」

大場さんはまたそんな柄でもないことを言った。僕はうまい言葉が思いつかなくてただ「そうですね」と言い、ブルーハーツの「終わらない歌」を入れて歌った。その次に大場さんは浜省の「悲しみは雪のように」を歌い、僕は桑田佳祐の「明日晴れるかな」を歌った。

「大場さんなんか渋すぎませんか?」

「お前は女々しすぎるんだよ」

そうして1時間歌い続けた。僕はそれまでそのカラオケの前を通るたびに里美のことを思い出しては苦い思いをしていたけれど、きっとこれからは、仙台にやってきてこの場所を通ったとしても、里美のことを思い出すのと同時にこの不思議な夜を思い出すだろうと思う。思い出の場所がこんな風に塗り替えられるなんて、高校生の僕は思いもしなかった。麗香に振られて以来僕の人生はほとんど終わったかのように感じていたけれど、そのときは僕の人生もまだ続いていたんだと感じた。

カラオケから外に出ると、春の匂いがした。

「春の匂いがしますね」

僕がそう言うと、大場さんは「お前ってなんかそういうとこあるよな」と言った。

「小説の読みすぎなんだよ」

「大場さんには言われたくないですね、それ」

「まあ、そうだな。お前が春だっていうから、花見にでも行くか。よし、西公園に行くぞ」

僕は腕時計を見た。12時をとうに回っていた。

「流石にもう帰りませんか? 明日も仕事ですし」

「うるせえな、このままじゃどうせ明日仕事に何かならねえんだからさっさと行くぞ!」

そう言われると、まあ確かにそうかもしれないと思った。僕はまた言われるがままに大場さんに着いて行き、広瀬通から西公園へと歩いた。そうして西公園に着いたころには、僕の酔いもほとんど覚めていた。

西公園には、僕と大場さん以外誰もいなかったし、桜はまだ咲き始めだった。

僕が「まだちょっと早かったですかね」と言うと、大場さんは「でもまあ、せっかくだからちょっと歩こうぜ」と言った。そして公園の中へと進んでいくと、1本だけ満開になっている桜があった。僕と大場さんは、その桜の下に立ち、満開の桜を見上げた。

「綺麗だな」

大場さんはいつもとは違う小さな声でそう呟いた。

僕は、「確かに綺麗ですね」とだけ言った。

桜の向こうには綺麗な満月が見えた。満月に照らされた桜の花びらは、まるでそれ自体が淡いピンク色の光を発しているようだった。僕はその桜を見ながら、自分の中にある大切な何かが思い出されたがっているように感じた。それが何だったのかは今でも分からない。でも、大場さんと出会ってから少しづつ回復してきた僕の心は、その桜を見たときにきっと何かを超えたのだ。その桜を見る前と後では、何かが違っていたように思う。

僕はいつまでもその桜を見上げ続けていた。

 

(前編おわり)


 

諸事情により1か月くらい記事が書けなくなり、この話も長くなってしまったのでここでいったん区切りにしたいと思います。

まだマスク出てきてないし、サムネイル画像の場面までたどり着いてないんですけどね。

続きを読みたいって人がもしいれば書きたいと思うので、コメントくれたりすると嬉しいです!

 

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