仙台三題噺「秋保」「牛タンサイダー」「ボイスレコーダー」

どうも!仙台つーしんのバラサです!

この前秋保に温泉に入りに行ったのですが、そういえば仙台三題噺ってほとんど街の中心部が舞台だけど、秋保も仙台だよなと思ったので秋保が舞台の話を書いてみました!

面白いと思っていただけたら嬉しいです!

 

仙台三題噺「秋保」「牛タンサイダー」「ボイスレコーダー」

1年で一番の繁忙期を終え、疲れ切った僕は週末を秋保で過ごすことに決めた。温泉に入って、何も考えずに1日を過ごそう。そうすれば少しは疲れも癒されるはずだ。 土曜日の朝、そう思い立った僕は適当な温泉宿に電話をかけて1泊分の予約を取った。料金を聞くと9,800円ということだったけど、そのくらいだったら今月の残業代の方がよっぽど多いはずだ。たまには少しくらいの贅沢をしたって罰は当たらないだろう。 

秋保に着き、宿に荷物を置くと、しかし何もすることがないことに気づいた。温泉に入るのも何となくまだ早いような気がする。僕は外へと出て少し散歩することにした。 磊々峡の絶景を見て、自然の大きさを感じながら川沿いを歩いた。

この自然の大きさに比べれば、僕の仕事なんてちっぽけなはずだ。このところほとんど仕事で頭がいっぱいになっていたけれど、たまにはこうやって自然に触れるのも良いものだ。市内にこんなところがあるなんて、やっぱり仙台は良い街だと思う。

川沿いを歩いていると、赤いつり橋にたどり着いた。その橋の真ん中に立ってみると景色が一気に開けて見えた。とても綺麗だった。もう25年も仙台に住んでいるけれど、その景色を見たのはそのときが多分初めてだった。僕にもまだまだ仙台の知らないところはある。きっと、こんな風に僕の知らない綺麗な景色はたくさんあるんだろう。もっと、そんな景色を知っていけたら良いと思う。

僕がそんなことを考えていると、人が近づいて来る気配がした。振り向くと一人の女性が僕と同じように道をたどってここまでやって来たようだった。その人は僕に気付くと軽く会釈をして「キレイですよね」と言ってその景色へと目をやった。僕は「ええ、とても綺麗ですよね」と返した。 「どちらからいらっしゃったんですか?」と僕は尋ねた。 「仙台からです」とその人は言った。

「そうなんですか、僕も仙台です。でも、秋保にこんな綺麗なところがあるなんて初めて知りましたよ」

「私もです。本当は友達と2人で来る予定だったんですけどドタキャンされちゃって、来るか迷ってたんですけど、やっぱり来て良かったなって思えます」

訊いてみると、その人は僕と同じ宿に泊まっているようだった。「もしかしたら宿でまた会うかもしれませんね」と言ってその人は笑顔を見せた。「そうかもしれませんね」と言って僕も笑った。僕は「じゃあ」と言って宿へと戻った。

僕は宿に戻ると温泉に入り、夕食を食べた。その後はラウンジで小説を読んで過ごすことにした。ラウンジではバンドがジャズを演奏していた。僕はウイスキーのロックを頼み、それをチビチビと飲みながら村上春樹の「スプートニクの恋人」を読んだ。 しばらく本を読んでいると、誰かに「おとなり良いですか?」と声をかけられた。僕が本を閉じて目を上げると、そこには昼間出会った女性が立っていた。手には何か飲み物のビンを持っている。

「もしかしてお邪魔でしたか? 私、一人で全くすることがなくて、もしご迷惑でなければ話し相手になっていただけないかな、なんて思ったんですけれど」

「いえ、何度も読んだことのある本なので全然かまいません。僕もすることがなくて暇つぶしに読んでいただけですから」

僕がそう言うとその女性は僕の隣の席に座った。さっきまでジャズを演奏していたバンドが、今度はビートルズの曲を演奏し始めた。その女性はバンドをチラッとだけ見ると、僕の手にしていた本を見て「何を読んでいたんですか?」と訊いた。僕は、村上春樹のスプートニクの恋人だと答えた。

「それはどんなお話なんですか?」

「そうですね、この本はそのストーリーというよりも、文体や言葉遣いにとても特徴があるんです。この物語は、『22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった』という文章で始まります。そして、『それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、還付なきまでに叩きつぶした』という風に続きます。この小説には、こういったような表現がとにかくたくさん出てくるんです」

僕はそう言って小説の冒頭をその女性に見せた。すると、その女性はその続きを声に出して読み始めた。

「『そして勢いをひとつまみもゆるめることなく大洋を吹きわたり、アンコールワットを無慈悲に崩し、インドの森を気の毒な一群の虎ごと熱で焼き尽くし、ペルシャの砂漠の砂嵐となってどこかのエキゾチックな城塞都市をまるごとひとつ砂に埋もれさせてしまった。みごとに記念碑的な恋だった』」

そして一息つくと続けてこう言った。

「私、こういう文章好きよ。ねえ、あなたはこんな風に激しい恋をしたことがある?」

「僕はそんな風に激しく誰かに恋したことはないですね。残念ですが」

「私はあるわ、こんな風に激しい恋をしたことが。ねえ、もし良かったらその話を聞いてくれないかしら? 旅の一興だと思って。私、この話は今日一緒に来る予定だった子にしか話したことがないんだけど、こんな本を読んでるあなたになら私の気持ちが少しは分かって貰えるんじゃないかと思うの」

「良いですね、旅の一興なんかではなくて、そんな風に激しい恋をした人の話なら是非聞いてみたいです。僕にあなたの気持ちが理解できるかどうかは分かりませんけど、是非聞かせてください」

「ありがとう。そうね、どう話せば良いかは難しいんだけど、その人は私の高校の先生だったの。私が高校1年生から3年生になるまで、その人はずっと国語の担当の先生だった」

彼女がそう話し始めたとき、気づけばバンドの演奏は終わり、周囲で演奏を聴いていた人たちもどこかへいなくなってしまっていた。ラウンジには僕と彼女だけが残されていた。とても静かな、寂しい夜だった。

「それは例えば、生徒みんなから好かれている若くて格好いい先生だったりしたんですか?」

「いいえ、まったくそんな感じではなかったわ。むしろ、冴えないおじさんって感じね。『俺は牛タンサイダー飲まないとやる気がでなくてねえ』っていうのが口癖でね、たぶんそうな風にして生徒の気を引きたかったんでしょうけれど、彼のことを好きな生徒はほとんどいなかったわね、残念だけど」

僕は彼女がそう言うのを聞いて、彼女が手にしているビンが牛タンサイダーであることに気が付いた。僕は「でもあなたは今でも牛タンサイダーを手にしてしてしまうくらい、その先生に惹かれていたんですね」と言った。

「これは、そうね。確かに今でも牛タンサイダーを目にしてしまうとついつい買ってしまうのよね。でも、私の恋はきっとあなたが想像しているのとは違うわ」

「というと、つまりどういうことなんですか?」

「私は、その先生の”声”が好きだったの。私は彼の声に激しく恋をしてしまったの。そういうのって分かる?」

「その人自身にではなくて、その人の一部に恋してしまうっていうことですか? でも、恋をするっていうのは多かれ少なかれそんなものなんじゃないんでしょうか。人が恋をするきっかけなんて、その相手の何か一部に惹かれたからでしょう?」

「そうね。確かにそうとも言えるかもしれない。ただ、私の場合はそれが顕著だったのね。入学してすぐの頃、校内放送で初めてその人の声を聞いて、その瞬間に恋に落ちたの。いったいどんな素敵な先生なんだろうって胸にいっぱいの期待を詰めて。でも、いざ実物を見てみると冴えないおじさんでね、もちろんがっかりはしたけれど、それでも私の気持ちは収まらなかった。この人の声が聴きたい。いつまでも聴き続けていたいって。だから私、国語の授業だけこっそりボイスレコーダーで録音してたもの。友達には、『私は耳で覚える派なのよ』って言って、他の教科も録音しているふりをしていたけれど、私はその先生の授業だけを録音して、毎日通学途中に聴いていたの。それを聴いているだけで、ただそれだけで毎日幸せだったわ」

「確かに、少し変わった話ですね。それで、その恋はどうなったんですか? つまり、その先生とは何か進展のようなものはあったりしたんですか?」

「そんなのはないわ。私はただ3年間、そんな風にしてボイスレコーダーで彼の声を聴き続けて、それでおしまい。私だって、その先生と付き合いたいとか、そういう風に思っていたわけじゃないの。私が好きだったのはあくまで彼の声だけだったし。私にとってはその”声”と先生はほとんど別人と言ってもいいくらいだったから」

「でも、だからと言って3年間も何かに恋焦がれていて、ああしたいとか、こうしたいとか、何か思ったりはしなかったんですか?」

「もちろん、自分の行き場のない気持ちに悶々としたことはあったわよ。というより、ほとんど毎日悩んでいたわ。私はどうして人の”声”なんかに恋してしまったんだろうって。何度も一人で涙を流したし、それに50過ぎのおじさんの声に恋したなんて誰にも言えなかったから、そりゃあ辛かったわよ。でも、どうしようもないことくらいは私にも分かってた。自分にはどうすることもできないんだって。でもね、私は彼の声を聴いているだけで幸せだったの。ボイスレコーダーを聴きながら通学していると、自分ほど幸せな人はいないんじゃないだろうかって思ったくらい」

「じゃあ、高校を卒業したらすっかり諦められたっていうことですか?」

「どうかしら。言いようによっては、私はまだ諦められてないのかもしれないわ。だって、私今年でもう28になるけど、実はまだ一度も恋人ができたことがないんだもの。そんな私はやっぱり変なのかしら?」

「僕にはうまく分からないですけど、でも一般的に言えば変ということにはなりそうですね」

「まあそうよね。でも良いの、私は今の自分に結構満足しているから。というのも、私今高校で国語の先生をしているの。高校3年間、毎日毎日その声が話す国語の授業を聴いていたものだから、すっかり国語の授業が好きになってね、自分も先生になろうって思ったの。その先生、生徒からの人気はなかったけれど、教え方はなかなか上手かったわ。だから、例えば羅生門の授業なんて、私、教科書見なくても生徒に教えられるもの。そのおかげで私は先生になれたし、やりがいも感じている。文字通り、その恋は私の人生を変えたのね」

「まるで小説の主人公みたいですね。ちょうど僕が今読んでいたこの本の主人公みたいです。訊いてみたいんですけど、そういう小説の主人公のような人生を歩むのって、どういうものなんですか? つまり、それはあなたにとって良いことだったんでしょうか?」

「それはまた難しい質問ね。自分の人生を変えてしまうような恋をしたことは、恋という感情とはこういうことなんだって知れたことは、もちろん素晴らしいことよ。でも、そのおかげで素敵な男性に出会っても自分が恋をしていないことが分かってしまう。そんなんだからいつまで経っても恋人もできないし、友達にも両親にも『いい相手はいないのか』ってしつこく聞かれるし、そういう経験がないせいで人との会話についていけないときもあるし、そう考えると現実的には不便なことの方が多いかもしれないわ」

「じゃあ、そういう小説の主人公のような恋は、現実的ではない、良くないことだったってことですか?」

「いいえ。そんな風には思わないわ。確かに周囲からとやかく言われたりはするけれど、私自身はその”声”に恋をして本当に良かったと思っている。私が高校1年生に戻って、他の人と同じような恋をするか、その声に恋をするか選べるとしたら、やっぱりその声に恋をしたいと思う。だって、あの頃の毎日は本当に幸せだったし、今こうやって先生になれたことも、本当に感謝している。たとえ私がこの先ずっと恋人ができなくても、結婚できなくたって、それを差し引いてもおつりがくるくらいに私は幸せだと思うもの」

彼女はそういうと、牛タンサイダーを手にして、それを少しだけ口にした。その様子を見るだけで、彼女が彼女自身に本当に満足していることが僕には分かった。彼女は彼女として完結し、余計なモノは何も望まない。ただ牛タンサイダーを口にしただけで、彼女が本当にそのような女性なんだということが分かった。本当に、小説の主人公のような女性だと思った。

「あなたは、そういう人生を変えてしまうような激しい恋、してみたいと思う?」

「僕は・・・」

僕はそんな主人公のようにはなれないと思います、そんな言葉が頭に浮かんだけれど、僕はそれを口にすることができなかった。僕の中で芽生え始めた何かが、僕の口を止めてしまった。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。
※参考文献:村上春樹『スプートニクの恋人』(講談社文庫)


 

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