仙台三題噺「長町」「せり鍋」「ハンドバック」

どうも!仙台つーしんのバラサです!

この前仙台駅東口で新海誠展を見に行って、インタビュー記事なんかもあってそれを読んだらもっと仙台つーしん頑張ろうって気になりました。

いつも読んでくれている人がいるからこうやって書いている訳ですが、読んでいただき本当にありがとうございます!

「長町」「せり鍋」「ハンドバック」

「どうしてかは分からないんですけど、彼女のハンドバックが気になってしょうがないんです。彼女は会う度に違うハンドバックを持っていて、それがどれも高そうなんです。普段一緒にいるときには全く感じないんですけど、でも実はお金遣いが荒かったりするのかなとか考えちゃって、彼女と一緒にいるときはそれで頭がいっぱいになっちゃうんです。こんなことで頭がいっぱいになっちゃう自分も器が小さいなって思うんですけど、でも気になるものは気になるんです」

恐らく僕と同年代の20代後半に見えるその男はマスターにそんなことを話し始めた。

僕はとある土曜日の夜、いつもと同じようにバーでレッドアイを飲みながらマスターに話を聞いて貰っていた。僕は仕事を辞めたいと思っていて、どんなタイミングで上司にそれを告げるべきかについて悩んでいた。仕事を辞める時期は来年の7月ともう決めてはいるのだけれど、それを早いうちから話しておくべきなのか、それとも1月前くらいに話すべきなのかについて決めかねていた。あと1年はあるのだけれど、まだ時間はあると考えていればきっとあっと言う間にその時はやって来てしまうだろう。

僕がマスターにそんな話をしているとその男は店内に入って来た。その男は、これまでも何度かこの店で見かけたことがあるような気がする。おそらく、その男もマスターのファンなのだろう。その男はコロナを頼み、それを一気に半分近く飲むと、「マスター、聞いてくださいよ」と言って先に書いたようなことを話し始めた。僕は、自分の話がさえぎられたことに軽い不満を覚えながらレッドアイを口に運んだ。マスターはそんな僕の様子を見て、すみませんというような表情を見せた。そんなマスターの様子に気が付いたその男は、「あっ、すいません。もしかして何かお話し中でしたか?」と言った。僕は「いいえ、全然気にしないでください。そんな、大した話をしていた訳ではありませんから」と言った。するとその男は「じゃあ、せっかくなのでお兄さんにも聞いて貰えませんか? ちょっと、他の人の意見を聞いてみたいんですよ」と言った。僕はしかたなく「良いですよ、僕なんかで良ければ。どうせ一人ですし」と返した。

「彼女と知り合ったのは半年前くらいです。彼女は取引先で経理をしているんです。それで、私の上司にすごい世話焼きな人がいるんですけど、その上司がしょっちゅう取引先の若い人を集めて合コンをセッティングしていて、僕が彼女と出会ったのもその合コンでした。それから、そのとき一緒に飲んでいた人たちでまた飲み会を開いたり、鍋パーティーをしたりなんかして遊ぶようになったんですよ。彼女は盛岡の出身なんですけど、ある時仙台に来てからまだせり鍋を一度も食べたことがないという話をして、じゃあ今度一緒に食べに行こうということになりました。いつもと同じように皆で一緒に行っても良かったんですけど、なんとなく、とても自然な流れで2人きりで行くことになりました。私はその子を自分が知っている限りでせり鍋の一番美味しいお店に連れて行きました。彼女は、せり鍋をとても美味しそうに食べていて、そんな彼女の様子を見ているとなんとなく暖かい気持ちになって、なんだか良いなって思ったんですよ。それで、その日の帰り道に彼女から良かったら付き合って欲しいという話をされて、私は迷わずに自分でよければ是非こちらこそお願いしたいと言いました。私はもう27になるんですけど、両親からはことあるごとに誰か良い相手はいないかと言われていましたし、私にしてもそろそろ真剣に結婚相手を探さなくちゃいけないなとも思ってました。そんなときに彼女と出会って、とても良い子そうだし一緒にいてなんとなく落ち着くし、付き合っても良いかなって思ったんです。彼女は今年で24歳になるんですけど、私の3歳年下で、それもなんだかちょうどいい感じかなって。

それで、その次に一緒にうみの杜水族館に行って、その次は新海誠展に行きました。彼女が新海誠の大ファンなので行ったんですけど、その後食事に行ってそのその感想を言い合ったりするとお互いに感じることが結構似ているなって思って、映画の趣味とかも似ていて、それで話の流れで今度は映画に行こうとなって、今日は長町に行って万引き家族を見てきたんです。その後一緒に夕食を食べて映画の感想を言い合って、映画の流れでお互いに理想の家族はどんなかって話をしたんですけど、彼女は子供は男の子が1人と女の子は2人が良いって話して、それから夫婦ではいつまでも名前で呼び合える関係が良い、子供はなるべく早くに産みたいから結婚は早い方が良いなって言ったんです。そんな話をしたら嫌でも自分はこの子と結婚するんだろうかって考えるじゃないですか。そしたら始めに言ったように彼女の持ってるハンドバックが余計に気になっちゃったんです。確かに、彼女とはなんとなく気は合うし、一緒にいると落ち着くとことはあります。でも、そうとは言っても彼女とはまだ10回も会ってません。彼女について知らないことはたくさんある訳だし、言ってしまえば彼女のことをほとんど知らないと言っても過言ではないくらいですよ。でも、なんだか彼女と出会ってからのここまで進むのが何だかとても速いような感じがして、それがなんだか急に怖くなっちゃったんです。自分はこのまま何となく彼女と付き合い続けて、なんとなく結婚しちゃうんじゃないかって。こんなもんなんだろうかって。私の気持ち、分かりませんかね?」

その男は僕を向いてそう言った。僕は、なんだかありふれたような話だと思った。僕はその男に、これから相手のことを徐々に知っていくしかないんじゃないだろうかと言った。

「まあ、それはその通りですよ。でも、どうやら彼女は早く結婚したいと思ってるみたいなんです。自分に結婚する気がないまま彼女と付き合い続けるのは、なんだかひどい話じゃないですか」

「でも、あなたにしたってそろそろ結婚を考えなくちゃって思っているんでしょう? 最初から別れるつもりで付き合ってるわけじゃないんだったら、問題ないんじゃないですか」

「う~ん。確かにそうなんですけど、そうでもないと言うか、一番もやもやしてるのは彼女の知らないことがたくさんあるままで付き合ってることなんです。今日は、食事が終わっても彼女はまだ帰りたくないっていう雰囲気を出してたんですけど、どうしてもそのもやもやが拭えなくって、明日仕事が早いからごめんって言って別れてここに来たんです」

僕にはその男がなんでそんなにモヤモヤしているのかがいまいち分からなかったけれど、マスターはその男のことを何か知っているようで「それはきっと前の彼女のことがまだ忘れられていないからなのではないでしょうか?」と言った。するとその男は「やっぱり、そうなんですかね? マスターもそう思いますか?」と言った。僕は「前の彼女って、どんな人だったんですか?」と訊いた。

「私は、東京の大学でアメフトをやっていたんです。自分はアメフト部の主将、彼女はマネージャーでした。自分が3年生になる頃に付き合って、ちょうど1年前くらいに別れたんです。4年生の頃なんかはほとんど同棲しているみたいでしたし、部活でもずっと一緒でした。彼女のことだったら、地元でどんな友達と仲が良かったかも、来週誰と会って何をするかということも、好きな食べ物はもちろん、どんな授業を取っていてどの教授のことが嫌いかについても、ほとんど何でも知ってました。お互いに部活が大好きで、どうやったらもっと部が強くなるかについて良く一緒に話し合いましたし、うちの大学は全然強豪校でも何でもないんですけど、それでも私が主将をした代はそれまでの10年では一番の成績を残すことができて、私は彼女と一緒なら何でもできるような気がしていましたし、こういうのが運命の相手って言うんだろうとずっと思ってました」

僕はその話を聞いて、その男が急に魅力的な人間のように感じた。僕は運動をする人の気持ちは全く分からないけれど、でもなんとなく、彼に率いられていたその部活はとても楽しいものであっただろうという気がした。それは、さっきまで話していた男とはまるで別人のようにしか思えなかった。だから僕は「でも、だとしたらどうしてその彼女とは別れてしまったんですか?」と訊かずにはいられなかった。

「そうですね。私にしてももちろん彼女と別れたくなんてありませんでした。詳しく話してしまうととても長くなってしまうんですけど、簡単に言ってしまえば、一人っ子の私は両親のためにも仙台で働きたいと思い、彼女は東京に残ってやりたい仕事があったということです。何度も話し合った結果、どちらかがどちらかに合わせるというのは、何か違うんじゃないかということで別れることに決めました。学生時代のアメフト仲間とは時々会うので、今でもその彼女とは会いますし、仲の良い関係は続いています。そんな風に何でも知っていた彼女と比べると、もちろん比べるものじゃないってことは分かってるんですけど、今の彼女のことなんてほとんど何も知らないのにこうやって付き合ってることが不思議で不思議で仕方ないんです。こんなものなんだろうか、こんなんで良いんだろうかって、思っちゃうんですよ」

そこまで話すとその男は黙ってしまった。そこまで話すまでにその男はコロナを3本開けていた。そして4本目をマスターに頼むと、それを一気に半分くらい飲んだ。マスターは何を言うでもなく、その男が次の言葉を出すのを待っている。マスターはいつも余計なことは何も言わず、相手の言葉が出るのをじっと待つ。それが人に「この人は自分の話をちゃんと聞いてくれるんだ」という気持ちにさせて、だからマスターにはファンが多いんだと思う。僕も、その男に言いたいことはあったけれど、マスターに倣ってその男がまた話し始めるのを待ち続けた。

「なんか、こんなはずじゃなかったなって、思うんですよ。学生時代は部活の主将をしていて、自分のことを慕ってくれる奴らもたくさんいたし、大好きな彼女もいました。その頃は何もかもが上手くっていたし、就活をしても簡単に内定を貰うことができました。それが、いざ社会人になって働いてみると、多少なりとも自分は仕事ができるのかなって思うところはありますけど、でもそれは自分の思った程ではなくて、学生の頃自分自信に対して持っていた自信はどこかに消えてしまって、今こうやって彼女ができたもののその子が持っているハンドバックを気にしたりなんかして、自分はなんてちっぽけなんだろうって思っちゃって。

このまま何となく彼女と結婚して、子どもができたりして、何となく歳をとっていくんだろうかと思うと、怖いんです。自分の上司を見るととても自分の人生を楽しんでいるようには見えないし、でもこのままいくときっと自分もそんな風になりそうで、でもどうしたら良いかは分からなくて・・・」

その男はそこまで話すとまたコロナの瓶を口にしてそれを大きく傾けた。マスターはその話を聞きながら無言で何度も頷いていた。また話の続きが出るのを待つのだろう。でも、僕は口を挟まずにはいられなかった。

「初対面でいきなりこんなことを言うのも失礼かもしれないですけど、きっとあなたは今の彼女と別れて、できることなら前の彼女と一緒になった方が良いんじゃないですか? そうしようとすることで色々と現実的な問題は出てくるかもしれないですけど、でもそうしないと今あなたが感じている無力感みたいなのはなくならないような気がしますね。なんとなく、直観的な話にすぎないかもしれないですけど、それができないならむしろ誰とも結婚しない方が良いんじゃないかと思うくらいです」

僕がそう言うとその男は少しうつむいたまま「確かにそうなのかもしれません。でも・・・」と言った。

「でも、今の彼女と別れてしまうのも何だかもったいないような気がするんです。彼女と会う度にハンドバックのことが気になってしまう自分も情けないですけど、でも彼女と会ったのはまだ10回にもならなくて、もっとたくさん会ううちにもっと好きになっていくかもしれないですし、誰とも結婚しないというのもやはりいずれ世間の目が気になってしまうような気がします。それに・・・」

「それに?」

「それに彼女、すごく可愛いんですよ。私が彼女と付き合おうと思ったのもやっぱり彼女がとても可愛かったからです。あんなに可愛い子とこれから先出会えるとは思えなくて、別れるなんてもったいないかなと思っちゃいますね」

僕はその言葉を聞いてとても嫌な気分になった。それ以上、その男の話を聞きたくないと思った。そして僕はレッドアイをいつも以上に飲んでしまった。だからそれ以降の話をほとんど覚えていない。

僕は酔っ払いながらもその男の学生時代を想った。きっと輝きに満ちていたであろうその男は、どうして自信を失ってしまったんだろうか? 運命の相手だと思う人と出会っているのに、どうして「可愛いから」という理由で他の女性と付き合っているんだろうか? 27歳だからって、どうして結婚を焦る必要があるのだろうか? 結婚しないという選択肢も充分にあるはずじゃないのか?

その男の学生時代と、今とでは何が違うのだろうか? 学生と社会人の違い? 東京と仙台の違い? 週末に部活をするか、恋人と会うかの違い? 何がその男を変えてしまったのだろう? 僕は酔っぱらった頭で考えたけれど、答えは出なかった。

それが、東京と仙台の違いによるものでなければ良いのだけれど。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

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