仙台三題噺「壱弐参横丁」「支倉焼」「マウス」

どうも!仙台つーしんのバラサです!

先週、仙台名物がネタ切れしてきたと書いたらコメントをくれた方がいたので今週は支倉焼をキーワードにお送りしたいと思います!

それではどうぞ!

 

「壱弐参横丁」「支倉焼」「マウス」

取引先への手土産として買った支倉焼を片手に、僕は近道をしようと壱弐参横丁に入った。まだ午前10時前ということもあって壱弐参横丁にはほとんど人がいなかった。その日もうだるような暑さで、僕はあまりの暑さに壱弐参横丁の真ん中あたりにある古井戸で水を汲み、顔を洗った。井戸の水はとても冷たくて気持ちよく、暑さがいくらか和らぐように感じた。

壱弐参横丁の出口に向けて歩いていると、なんだかいつもと比べて道が長いように感じた。僕は、おかしいなと思いながらも横丁を真っ直ぐに歩いた。すると、またさっきの古井戸が目に入った。やはりおかしい、いや、暑さで頭がやられてしまったんだろうか? 僕は急に怖くなり、走って壱弐参横丁を抜け出そうとした。壱弐参横丁の長さなんて、たぶん100メートルか200メートルくらいしかないはずだ。だから真っ直ぐに走れば数十秒で抜け出せるはず。そう思ったのだけれど、僕の前にはまた古井戸が現れた。やはりおかしい。いったいどうなっているんだ? 僕はあたりに誰かいないか見渡してみた。しかし、あたりには誰一人いなかった。

僕は古井戸の脇に貼ってあった案内図を見て、他の出口がないか探してみた。そして1本南側の通りへと移って、出口へと歩いた。しかし、しばらくすると僕はまた古井戸の前へと戻ってしまった。きっと暑さで頭がやられているんだ。そう思った僕は井戸から水を汲んで顔を洗おうとした。そして井戸へと近づいていくと、井戸の口が開いていることに気付いた。さっきはちゃんと閉まっていたはずだし、井戸の口を開けるような人は周りにいないはずだ。これはいったい、どういうことだ? もちろん、いくら考えても分かりはしない。

僕はしばらく考え、やはりもう一度出口に向かってみようと思い歩いてみた。けれどやはりまた古井戸の前に戻ってきてしまう。誰か助けを呼ぼうと辺りの店のドアを開けようとしてみたけれど、どのドアもびくともしない。そうだ、スマホがあるじゃないかと思ったけれど、電波が届いていなかった。ダメもとでWiFiが飛んでないか調べてみたけれど、それもダメだった。途方に暮れた僕は、井戸のふちに腰を掛け、いったいどうしたものかと頭を抱えた。

それにしても、どうしてこの井戸の口は開いてしまったんだろう? 僕はなんとなく井戸の底を覗いてみた。もちろん、真っ暗で何も見えない。しかし、僕はそのとき気付いた。井戸の中にはしごが付けられている。この井戸はどこかに繋がっているのか・・・?

一通り悩んだけれど答えは見つからず、しかしこの状況を変えるためにできることは、この井戸に入るくらいしかないのだと思った。僕は支倉焼をカバンにしまってそれを背負うと、意を決して井戸のふちに手をかけ、自分の体を井戸の中へと入れた。そして、はしごを一段一段ゆっくりと降りて行った。

井戸の中に入ると、もちろん中は真っ暗だった。僕はスマホのライトを付けて、下を照らしながらゆっくり、ゆっくりとはしごを降りて行った。

しばらく降りていくと、井戸の入り口から見える光はとても小さくなった。けれども、井戸はいくら降りても底にはたどり着かない。いったい、どこまで下に続いているんだろう? そう思ったとき、スマホのライトが何かに反射するのに気付いた。僕は慎重にはしごを降り、それが何であるかをじっと見た。どうやらそれは水面だった。僕はゆっくりとはしごを降り、そして水面ギリギリのところまでたどり着いた。ここからどうすれば良いんだろう? 上を見上げると、もう地上の光がほとんど見えなくなっていた。僕はスマホのライトで辺りを照らしてみた。すると、二方向へ道が続いていることが分かった。どうやら、井戸の底は地下のトンネルに繋がっていたようだ。そのどちらかを行けば、どこかに繋がっているかもしれない。そう思った僕は恐る恐る水の中へ足を入れた。

水の深さは膝上くらいまであったものの、何とか歩けそうだった。もちろん、僕のスーツと革靴はぐちゃぐちゃになり、僕は「これじゃ取引先には行けないな」と思った。いや、しかしそんなことを考えている場合ではない。どうにかしてココから抜け出さなければ。

水に足を入れてみると、ゆっくりとではあるが水が流れていることに気付いた。この水はどこかから流れて来て、どこかへ流れて行くのだ。しかしこれだけ地下深くにいるのだから、下流に出口があるとは思えない。それよりはむしろ上流に向かった方が地上に近づくような気がする。僕は、上流へと向かい歩き出した。

スマホのライトを進行方向へと照らし歩くものの、前方は真っ暗闇で、膝上まである水の中、流れに逆らって歩くというのは思った以上にきつかった。これ以上進むと、体力が削られてまたはしごを地上まで登るのは難しくなりそうだ。しかし・・・、やはり戻ったって仕方がないだろう。僕はとにかく前に進むしかないんだ。

僕は壁に手を付け、転ばないようにしながらなんとか前へと進んだ。壁はぬるぬるとして気持ち悪かったし、なんとなく空気も悪い。僕はだんだん気分が悪くなってきた。しかも、ライトで前を照らしながら歩いていると、だんだん天井が低くなっているということに気付いた。本当にこの道の先に何かあるだろうか? 僕は不安に駆られながらも、とにかく前に進むしかないんだと自分を励まし続けた。

そしてとうとう天井が頭の高さまで低くなり、体を屈ませながら前に進んでいると、天井に付いた何かがライトの光を反射した。近づいてみると、それは丸い鉄板で、取っ手が付いていた。それは扉のように見えた。井戸にはしごがかけられていたことを考えると、ここは何かの施設なんだろうか? だとしたら、この中には誰か人がいるのかもしれない。僕は祈るような気持でその扉を押し開けた。

扉を開けると、中には電気が付けられていて、広さ6畳程の空間が広がっていた。部屋の中はコンクリートで固められていて、床には青い絨毯も惹かれている。そして部屋の奥にはパソコンデスクがあって、そこに人影が見えた。僕はほっとして声をかけた。

「すみません。あの、突然で大変申し訳ないのですが、壱弐参横丁の出口が見つからなくてここまで来たんです。ここからの出方を教えて頂けないでしょうか?」

僕がそう言うとその人影はコチラを振り向いた。それは人ではなく、とても鼻の長い動物、アリクイのような何かだった。

「いやいや、やっと来ましたか。ずっと待っていたんですよ。ほら、速くカバンの中から支倉焼を出して下さい。私は支倉焼を食べるためにあなたをここに誘導したんですから」

そのアリクイのような何かは僕を見ると目を細めてニタニタと笑いながらそう言った。僕にはその様子が恐ろしくて仕方なかった。アリクイが僕に近づき手を差し伸べてきたので、僕は慌ててカバンをアリクイへと放り投げた。

「いや、そんなに怖がらなくても良いじゃないですか。私はこんな見た目をしてますけどね、元はあなたと同じ人間なんですよ? まあ、信じてはもらえないでしょうがね。とにかく、私は支倉焼が大好物なんです。外側のクッキーに穴をあけて、中の餡をちゅうちゅう吸うのが、もうたまらなく好きなんです」

アリクイはそう言うと、僕のカバンから支倉焼の入った箱を取り出した。そして尖った爪で包み紙を乱暴に破って支倉焼を取り出し、それに爪で穴を空けるとそこに長い舌を入れて中の餡をちゅうちゅうと吸い始めた。それは、見ていてあまり気持ちの良い光景ではなかった。

「あの、すいません、こんなこと言っても信じてもらいないかもしれないですけど、壱弐参横丁の出口が見つからなくて、いくら進んでも何度も何度も同じところを回ってしまうというか、とにかく壱弐参横丁から出ることができなくて、どうにか外に出る方法をご存じないでしょうか?」

僕は勇気を振り絞ってそのアリクイに尋ねた。しかし、アリクイは僕の言葉なんてまるで聞こえていないかのように、支倉焼を次々に吸い続けていた。ひとつの支倉焼の餡を吸い終えるとまた新しい支倉焼を取り出し、同じように爪で穴を空けると舌を入れて餡を吸い始めた。結局、箱に10個入った支倉焼を全部吸い終わるまで、僕はその様子をただ見るしかできなかった。

「いや~、やっぱり久しぶりの支倉焼は最高ですね~。これであと半年はなんとか頑張れそうですよ。いやいや、あなたのおかげです。ほんとうにありがとうございました。いやね、私も悪いとは思っているんですよ、こんなところまで足を運ばせてしまって。でも、あんなに分かりやすく支倉焼を手にして壱弐参横丁を歩いている人はなかなか見つけられないものですから、私としては仕方なかったんです。まあまあ、とりあえずお上がりくださいよ。ほら、着替えならそこにありますからどうぞ使ってください」

アリクイが指さした方角には、アリクイの着ぐるみが置いてあった。僕はそのとき扉から上半身だけを出して脚はまだ水に浸かったままだったけれど、まあどうやらそのアリクイは僕を取って食べるという訳でもなさそうだと思い上半身を乗り出して部屋の中へと入った。アリクイの着ぐるみを着るのは嫌だったけれど、びしょびしょのままでいるのも嫌だと思い、仕方なくスラックスと靴を脱いで着ぐるみに両足だけ突っ込んだ。目の前にいるアリクイも着ぐるみに入った人間なんだろうかと思いアリクイをじっと見てみてが、どう見ても目の前にいるのは着ぐるみではなくて本物のアリクイだった。いや、僕は本物のアリクイを見たことがある訳ではないけれど、とにかく目の前にいるそれは着ぐるみでなくて本物の生き物に見えた。

「どうしたんですか? そんなに私のことをじっと見つめて。まあ、そうですよね。こいつはいったい何者なんだろうって、思いますよね。こんななりをしているし、しかも喋るし、不思議なのは分かります。でもね、私は別に悪い奴じゃあないんですよ? あなたのことを襲ったりなんてしませんし、むしろ私はここで良いことしているんです」

アリクイはそう言うと胸を張って右手で胸を叩いた。

「良いことって、あなたはいったいここで何をしているんですか? というか、そもそもあなたは何なんですか?」

僕がそう訊くと、アリクイは長々と話し始めた。

「まあまあ、そんな堅苦しくならないで、私のことはアリクイの『アリちゃん』とでも呼んでください。いやね、一度で良いからアリちゃんて呼んで欲しいと思っていたんですよ。まあ、あなたが訊きたいのはそんなことじゃないですよね。そうですね、私がここで何をしているかと言うとですね、一言で言うと、人と人との間にある汚い雰囲気をゴミ箱に捨てているんです。まあ、実際に見てもらった方が早いですね。ほら、このマウスを見てくださいよ。これは、私が普通の人間のときに開発したものなんですがね、このマウスをパソコンに繋げると、あら不思議、仙台の様子が画面に映し出されるんですよ。そうですね、これはグーグルアースを生中継で見ているようなものだと思ってもらえれば分かりやすいですかね。グーグルアースだと道路沿いの風景しか見れないですけど、このマウスを使うとこのマウスの電波の届く範囲内、それがちょうどだいたい仙台市内なんですけど、その範囲内であればどんな場所でも、建物の中でも見ることができるんです。どうです? すごいと思いませんか? 更にこのマウスの凄いところは、人と人の間に生まれる雰囲気を画面上に表すことができるところなんです。ほら、これは今ちょうど街中のとあるカフェのレジを映してるんですが、見ての通り長い行列ができていてイライラしてる人が現れてきています。ほら、ここのところが黒くなってきているでしょう? これが悪い雰囲気が生まれている証拠です。それを、このマウスを使ってドラッグしてそのままパソコンのゴミ箱に入れてしまえば、ほら、これでさっきあった悪い雰囲気が消えているでしょう? さらに、さっきのゴミ箱の中身を空にしてしまえばもう完璧です。これが、私の仕事という訳です。ほら、この人の表情を見てみてくださいよ。さっきよりも大分和らいでいるのが分かるでしょう? 私はこんなに素敵な仕事をここでしているわけですよ。それにこの喫茶店の奥を見てくださいよ。ここの辺りがなんとなく黄色くなっているでしょう? これはここにハッピーな雰囲気が生まれている証拠なんです。このマウスは音声を拾うこともできちゃうんですけど、こういうところの会話を聞いていると、私までハッピーになれちゃいます。とんだ素晴らしい発明品なんですよ、このマウスは」

アリクイは僕にパソコンの画面を見せながらそんな話をし始めた。僕はもちろん信じられなかった。けれども、アリクイは次に僕の会社の映像を見せた。そこにいるのは間違いなく僕の上司や同僚たちで、なんだか皆が慌ただしく動いている様子が見えた。そこには黒いモヤモヤとした影が広く映っていた。

「これはあなたの会社ですよね。私があなたをここに呼び寄せたために、取引先からあなたがやって来ないと電話がかかって『いったいどういうことなんだ』と上司が怒ってしまっているのです。これは私の責任です。大変申し訳なく思います。でも、私としては支倉焼を食べられる数少ないチャンスだったので、こうするしかなかったんです。でも大丈夫です。・・・ほら、こうやって悪い雰囲気をゴミ箱に捨てちゃえば、もちろんあなたに迷惑をかけることには変わりありませんが、大きな問題に発展することはありません。それにですね、私も昔はサラリーマンだったのでこういうことが問題になるっていうのは重々承知しておりますが、でもここでこんな風に仙台のいたるところの様子を眺めていると、サラリーマンにとっての問題なんてほとんど大したことはないんだって分かるんですよ。だから、あなたには申し訳ないですが、許してください。お詫びに、このマウスをちょっと使っても良いですよ」

アリクイは僕にそう話した。取引先に行けなかったことは問題だけれど、確かにアリクイの言うようにそこに本質的な問題は含まれていないのかもしれない。そして、アリクイは僕にそのマウスを使っていいと言ったけれど、僕には残念ながら人付き合いというものがほとんどなかった。だから、僕がゴミ箱に捨ててしまいたいと思う雰囲気もない。僕はむしろ、ゴミ箱に何かを捨てるというよりも、空っぽな自分に中身を詰めていきたいと思っていたくらいだ。

「ねえ、アリクイさん、僕は、」

「アリちゃんと呼んでください!」

「・・・ねえ、アリちゃん、残念だけど僕にはゴミ箱に捨ててしまいたいような雰囲気というのはないんです。というよりも、僕にはそもそも人付き合いというのがほとんどないから、そういう雰囲気も生まれないんです。だから、せっかくの機会ですけどそのマウスを使いたいとは思わないんです。それよりもむしろ、アリクイさ・・・、アリちゃんがどうしてこんな地下深くでそんなことをするようになったのかを聞かせてはもらえないですか?」

「そうですか、そうですか、あなたは人付き合いがないんですか。私もサラリーマン時代はほとんど人付き合いがありませんでしたからよく分かります。そうですね、私もサラリーマン時代、人付き合いが本当に苦手で、特に人が集まったときに生まれる悪い雰囲気がとても苦手で、でもサラリーマンは否が応でも人の集まるところにいかなくちゃいけないでしょう? だから、このまま自分がサラリーマンを続けてしまえば、何て言えば良いのかは難しいんですけど、きっとダメになってしまうだろうと思ったんです。だから私は一生懸命にこのマウスを開発しました。3年間、私はこのマウスの開発に力を注ぎ、そしてとうとう完成させたのです。私は、このマウスをオフィスに持っていき、何か悪い雰囲気が生まれる度にこのマウスでその雰囲気をゴミ箱へと捨てました。そうしていると、次第に私のいた部署は高い業績を上げるようになったのです。でも、私はというとだんだん人と接するのが怖くなってしまいました。私は、もともと人付き合いの上手い人間ではありませんでしたから、私の些細な一言がきっかけで雰囲気を悪くしてしまうことはよくありました。それでも、このマウスを使えばそんな雰囲気は簡単にゴミ箱へ捨ててしまえます。でもですよ、自分の一言が人を怒らせて、それがこのマウスを使って簡単に機嫌を直してしまう様子を目の前で見るというのは、とても不気味なものです。確かに部の業績はどんどん上がっていきましたが、私は人の気持ちというのが信じられなくなってしまいました。そして私は次第に仕事を休みがちになり、ついには完全な引きこもりになってしまったんです。部屋に引きこもった私は、このマウスを使って仙台中の悪い雰囲気をゴミ箱に捨てていきました。自分のいる場所でそれをするととても不気味な気分になりましたが、自分の見ず知らずに人たちに対してそれをするのは、やはりとても良いことのように思えました。もちろん、もしかしたら自分のしていることは間違ったことなのかもしれないと何度も悩み、考えました。それでも私は、私のしたことによって物事が好転していく様子を何度もパソコンの画面上に見たのです。それに、私のいた会社だって、私が勝手に不気味な思いをしていただけで、部の雰囲気は最高に良くなりましたし、業績だって上がったのです。それでも、自分の考えの及ばない部分で何か悪いことを引き起こしてしまっている可能性はあります。そういう可能性はもちろんあると思うんですけど、私は自分のしていることはきっと良いことなのだと信じて、少なくとも悪いことよりは良いことの方が多いだろうと信じて、来る日も来る日もこのマウスを使って悪い雰囲気をゴミ箱に捨てていきました。そうしているうちに貯金は底を尽き、私は住む場所を追われてしまいました。それから私は勾当台公園や西公園のベンチ、青葉山の森の中やアエルの通気口、地下鉄のトンネルなど、いろいろな場所を転々としました。そして最終的にたどり着いたのがこの場所なんです。ここなら電気を引っ張ってくることもできるし、地下水の中にいる微生物を食べて何とか生きていくこともできる。それに、この場所からならこのマウスの電波がちょうど仙台一体に届くんです。私は来る日も来る日も仙台の悪い雰囲気をゴミ箱に捨て続けました。悪い雰囲気というのは、いくらゴミ箱に捨てても次から次に生まれてくるものですし、仙台にはそれはもうたくさんの人が暮らしている訳ですから、私は焼け石に水をかけているような気分にもなりました。私のしていることは、無駄なのかもしれない。そう悩んだ時期もありましたが、でも私が悪い雰囲気をゴミ箱に捨てることによって生まれる笑顔がたくさんあったのも事実です。それも、長い目で考えれば無駄だったということもあり得るとは思いますが、でもそういう笑顔そのものの意味というのもあると思ったんです。だから、やはり私のしていることには何かしらの意味があるのだと信じて、やはり私は悪い雰囲気をゴミ箱へと捨てていきました。そして、そんな生活を送っているうちに私の姿はこんな風に変わってしまったのです」

アリクイは、僕にそう話した。アリクイは自分のしていることは意味のあることだと言ったけれど、そう話す彼の顔はとても寂しそうに見えた。僕は、彼のために何かできないだろうかと考えた。

「いやいや、何だか余計な話をしてしまいましたね。ずいぶん時間が経ってしまいました。あなたはそろそろ地上に戻った方が良い。ここは長く居るような場所じゃないですからね。さあ、少しの間目を瞑ってください。その間にあなたを井戸の外に出してあげますから」

「でも、そうしたらアリちゃんはまた一人になってしまうでしょう? 僕は確かにアリちゃんをみて恐ろしいと思ってしまったけど、さっきの話を聞いてアリちゃんはとても良い奴なんだって思ったんです。きっとアリちゃんは良い奴過ぎたから普通の人間の世界にいることができなかった。だから、僕がアリちゃんのために何かできることがあれば教えて欲しいです」

「・・・ありがとうございます。いや、たまたま支倉焼を持っていた人があなたのような人で良かった。でも、私は一人が好きだし、この仕事にも誇りを感じている。だから、あなたに特別なにかお願いしたいことというのは特にないんです。お気持ちだけで本当にありがたいです」

「そんな、僕に何かできることはないですか? そうだ、これから定期的に支倉焼を持ってくるというのはどうですか?」

「ほんとうですか!!!??? それは是非お願いしたいですね! いや、あなたは本当に素晴らしいお人だ! よし、これからはあなたの周りの悪い雰囲気を重点的にゴミ箱に捨てることにしましょう! そうと決まったらあなたは早く帰った方がいい! よし、目を瞑ってください」

僕はアリクイの言われるがままに目を瞑った。

そして気が付くと僕は井戸の前に倒れていた。僕は起き上がって井戸を見たけれど、井戸の口は堅く閉められていた。服装もいつの間にか元のスーツに戻っている。僕は、夢を見ていたのだろうか? 試しにカバンを開けてみると、そこにあるはずの支倉焼が無くなっている。やはり、夢ではなかったんだ。

それから僕は僕の日常に戻った。僕が連絡もせずに取引先に行かなかったことは、熱中症で倒れてしまい、たまたま近くを通った人に看病してもらっていたということにした。そんな苦しい言い訳を、周りの人は信じてくれた。僕は、きっと僕が言い訳をしたときに生まれた悪い雰囲気を、アリちゃんがゴミ箱に捨ててくれたんだろうと思った。

それからというもの、僕は人と険悪な雰囲気になることがほとんどなくなった。もともと人付き合いの多い方ではなかったからそもそも人と険悪な雰囲気になるということはあまりなかったのだけど、それでも、僕は人と一緒にいるときに不思議と居心地の良さを感じるようになった。僕はそれまで人が好きじゃなかったけれど、人と一緒に過ごすのも悪くないと思うようになった。これはきっと、アリちゃんのおかげなんだろう。

あの時僕はアリちゃんに定期的に支倉焼を持っていくと言ったけれど、どうやって支倉焼を渡せば良いかを話していなかった。でも、アリちゃんはきっとあのマウスを使って僕のことを見てくれているはずだと思った。だから、僕は試しにあの井戸の上に支倉焼を置き、少しその場所を離れてまた井戸に戻ってみた。すると、支倉焼は姿を消していた。きっとアリちゃんが持って行ってくれたのだ。その証拠に、中の餡がなくなってぺちゃんこになった支倉焼が一つだけ井戸のそばに落ちていた。きっと、我慢できずにその場で一つ食べてしまったんだろう。

僕は週に1回程度、支倉焼を買っては井戸の上に置いた。その間も僕の周囲は良い雰囲気に包まれていた。そしてあれから半年が過ぎた頃、僕は自分が周囲の人のことを好きになっていると気付いた。それに、僕の部の業績はかなり高いものになっていた。僕は毎日をとても穏やかに過ごすことができるようになっていた。そして、どうしてかは分からないけれど、僕は僕自身を認めることができるようにすらなっていた。

先週、僕はいつもと同じように井戸の上に支倉焼を置いた。けれども、それはいつまで経ってもそれは無くならなかった。僕は井戸に腰かけ、中を覗けないかと口に手をかけた。でも、それは堅く閉ざされていてびくともしなかった。次の日も、その次の日も支倉焼は井戸の上に置かれたままだった。

僕は井戸に座り、アリちゃんのことを想った。仙台の地下深くで人知れず悪い雰囲気をゴミ箱に捨て続けるアリちゃん。いったい誰が彼の存在を想像するだろうか? そして、彼はいったいどこに消えてしまったんだ? もしかして死んでしまったのだろうか? いや、しかし、この1週間も僕の周囲は相変わらず良い雰囲気に包まれていた。もしかしたら、彼は仙台中の悪い雰囲気をゴミ箱に捨てることに成功したのかもしれない。そして、また次の街、富谷か、あるいは古川や石巻にでも行ってしまったのかもしれない。でも、だとしたらいったい誰が彼に支倉焼を送るだろうか? 彼は人知れず多くの人を救っているというのに、彼は今後、些細な楽しみである支倉焼にありつけなくなるかもしれない。それは、とても間違ったことのように思う。

アリちゃんは今、いったいどこにいるんだろうか。彼はいったい今、何を想っているんだろうか。僕は井戸に座りながらアリちゃんのことを考え続けた。でも、いくら考えても答えは出なかった。 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

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