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どうも!仙台つーしんのずんだです!

今回は、今話題の『ケヤッキー』について調べてみました!!

皆さん、ケヤッキーの誕生日っていつか知ってますか???

1997年、ケヤッキー誕生

ケヤッキーは2001年に行われた「新世紀・みやぎ国体」のマスコットですが、実はその誕生は1997年。

当時の国体県準備委員会は、1997年9月8日にマスコットを決定しました。

翌日9月9日には、河北新報が1面で報じています。

 

平成十三年(2001年)に宮城県で開催される第五十六回国民体育大会(新世紀・みやぎ国体)のマスコットが八日決まった。広報ポスターなどに使われるイメージキャラクターで、愛称を十月一日から一般募集する。
仙台市青葉区大手町、イラストレータ樽井純生さん(三七)のデザイン。モチーフは県木のケヤキで、二十一世紀を担う若者たちをイメージした。緑や黄土色の色彩は宮城の豊かな四季の彩りを表し、小鳥には新世紀をゆとりと潤いある社会にとの願いを込めた。

1997年9月9日付河北新報1面

平成9年10月みやぎ県政だより

マスコットの決定は1997年9月8日ですが、「ケヤッキー」の愛称が決まったのは1998年2月12日のことでした。

愛称は公募され、なんと全国から15,978もの応募があったそうです。

その中の最優秀賞が「ケヤッキー」だった訳ですが、他にも優秀賞として「新世木くん」「モーリー」「みなきちゃん」「モリリン」「スタッキー」が選ばれました。

ケヤッキーにも、違う名前の候補があったんですね。

その表彰式が2月25日に行われ、この時すでに着ぐるみケヤッキーがあったようです。

平成10年4月みやぎ県政だより

こうして誕生したケヤッキーは、新世紀・みやぎ国体のPRにあたります。

新世紀・みやぎ国体開催のPRに従事

当時の資料を見てみると、ケヤッキーの姿が数多く見られます。

平成11年9月県政だより

国体のボランティアには「ケヤッキークラブ」という名前が付けられていましたし、各市町村は「ケヤッキー通信」を発行して国体のPRを行っていました。

ケヤッキーは七夕まつりのパレードにも参加しています。

ちなみに、上の画像をよく見てみると、初めて登場した頃と微妙にフォルムが違うのが分かります。

ケヤッキーのイラストにも初期バージョンが存在していたようです。

また、当時のケヤッキーは、各種パンフレットで次のように紹介されていました。

宮城県の県木「ケヤキ」をモチーフにした、明るく親しみやすい「新世紀・みやぎ国体」のマスコットです。天に向かってたくましく伸びるケヤキの姿は、21世紀を担う若者たちをイメージし、全体の色づかいは野に、山に、海に映えるみやぎの豊かな彩りを表しています。ケヤキのこずえに羽を休める小鳥には、新世紀がホッと一息つけるようなゆとりとうるおいのある社会になりますようにとの願いが込められています。

新世紀・みやぎ国体古川市実行委員会 記録写真集より

新世紀・みやぎ国体唐桑町報告書より

実はケヤッキーの着ぐるみにはいくつかのバージョンがあって、愛称決定時に表彰式に出ていた初期バージョンと、一番多いバージョン、目撃情報が少ないピチピチバージョンがありました。

ちなみに、当時の写真を見ていると、ケヤッキーの頭を取って人の顔が出た写真がたくさん残っています。

今では考えられないそんな行為からも、ケヤッキーがゆるキャラ黎明期に誕生したキャラクターであることが伺えます。

宮城全体に広まったケヤッキー

各市町村がまとめた報告書を見てみると、ケヤッキーが世にたくさん広まっていたことが分かります。

着ぐるみで言うと、仙台市はケヤッキーの着ぐるみを、98年に1体、99年に2体、2001年にも着ぐるみ用ユニフォームを5着作っています。

(着ぐるみと着ぐるみ用ユニフォームの違いは分かりませんでした。もしかしたら着ぐるみ用ユニフォームがピチピチバージョンなのかもしれません。)

仙台市だけでなく、分かった範囲では松島町で1体、亘理町山元町で1体作っていることが分かりました。

残された写真を見る限り、もっと多くの着ぐるみが作られていたと考えられます。

着ぐるみだけでなく、ぬいぐるみ、エプロン、Tシャツ、帽子、うちわ、旗、ポロシャツなどなど数多くのケヤッキーグッズが作られました。

ちなみに、ぬいぐるみは松島町だけで300個も作られた記録が残っています。

きっと、今も多くの家庭に眠っているのでしょう。

表舞台からの消滅、そして復活へ

国体終了後も宮城県のPR活動に勤しんでいたケヤッキーですが、2005年に県の管理を離れ、さらに2007年からは「むすび丸」が宮城県の公式PRキャラクターに就任したことにより、急速に姿を見せなくなりました。

人々に忘れ去られていたケヤッキーですが、2014年からはインターネットサービス「おいでよ宮城」がケヤッキーをTwitterアイコンに使用を始めます。

「おいでよ宮城(通称:おい宮さん)」の宮城愛溢れるツイートは話題を呼び、徐々に人気を広げました。

そして2017年末より、版権所有者の同意を得てケヤッキーは「おいでよ宮城」の公式キャラクターに就任しました。

ケヤッキーの復活を記念して、2018年にはSENDAI光のページェントとコラボした「おかえりケヤッキーキャンペーン」を開催。

2018年12月4日付けの河北新報も「帰ってきたケヤッキー」と題して、ケヤッキーの復活を報じました。

更に今年、ケヤッキーグッズを購入すると県内101店舗でクーポンとして使える「帰ってきたケヤッキーキャンペーン」を実施(2020年6月末まで)。

これまた河北新報が報じ、ケヤッキーの復活は徐々に広まっていきました。

そして新ケヤッキー登場

藤崎をPRするケヤッキー

2019年8月29日、エスパル3階だがし屋ぞうさんにて、新ケヤッキーが初披露されました。

新ケヤッキーの登場は河北新報朝日新聞時事通信、仙台放送、KHBで大きく報じられました。

また、8月1日から投票が始まったゆるキャラグランプリでは、初日第9位の好発進。ケヤッキーの人気の高さが伺えます。

更に、ケヤッキーラッピングの自動販売機が登場したり、赤い羽根共同募金の式典でむすび丸と奇跡のコラボを果たしたり、藤崎のPR活動を行ったりと、徐々に活躍の場を広げてきました。

1997年の誕生から20年以上の時を経て、ケヤッキーが再び世の注目を集めてるのです!

もう一度、ケヤッキーの紹介文を見てみましょう。

宮城県の県木「ケヤキ」をモチーフにした、明るく親しみやすい「新世紀・みやぎ国体」のマスコットです。天に向かってたくましく伸びるケヤキの姿は、21世紀を担う若者たちをイメージし、全体の色づかいは野に、山に、海に映えるみやぎの豊かな彩りを表しています。ケヤキのこずえに羽を休める小鳥には、新世紀がホッと一息つけるようなゆとりとうるおいのある社会になりますようにとの願いが込められています。

この文章を読んでも分かるとおり、ケヤッキーはもともと21世紀をイメージして作られたキャラクターでした。

作者樽井さんの想いが、時を超えて実現しているのです!

そんなケヤッキーは、10月11日現在ゆるキャラグランプリ第17位。投票は10月25日(金)18時まで行われます。

宮城県勢の過去最高順位は2010年、むすび丸の第10位。ケヤッキーが第9位になれば宮城県勢過去最高順位になります。

現在の第9位までは約2万票差。差は大きいようにも思えますが、宮城県民230万人の1%が投票するだけで一気に順位を上げることができます。

皆さん、時を超えて復活したケヤッキーに、是非投票をお願いします!

投票はこちらから!!

 




仙台つーしんのTwitterも是非ご覧ください。

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